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エッセイ

こころの散歩道  ーつれづれなるままにー

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平成29年


「優しい交流」 
 新緑が美しい頃になりました。
 緑の風に誘われて、卒業生が訪ねてきます。専門学校に進学した生徒達は、就職決定が早く、2年生になった5月には内定するようです。1年前に卒業したのに、「東京に決まりました」という言葉を聞くと、びっくりし、安心します。保護者の方がとても喜んでおられるだろうと想像するだけで嬉しくなります。専門学校や大学の先生は、4月に本校から入学した生徒達の近況を報告にやって来られます。「○○君はとても明るく、クラスのムードメーカーで、リーダーです」、「○○さんは気配りがきいて、勉強も飲み込みが早いです」、「素晴らしい生徒さん方を送っていただいてありがとうございます」などという言葉をいくつも頂きます。
 卒業生達が、自分の居場所や将来の目標をしっかり見つけ、元気に幸せに生きていてくれることは、私たちに取って何よりも嬉しいプレゼントでした。
 去年、熊本地震の後、星槎の仲間である名古屋の「まなぶみ学園」の生徒達が街頭募金をして食料を送ってくれましたが、今年も地震1年後ということでラーメンやお菓子を送ってくれました。生徒達が、お礼にかわいいキャンディポットを作り、色紙に添えて、名古屋に送りました。このような優しい交流が出来るのも嬉しいことです。
      (平成29年6月5日池内)




重なれ「良きこと」 
 明けましておめでとうごうざいます。
 お正月気分を出して、「万葉集」をぱらぱらとめくっていたら新年の歌がありました。
  新しき年の初めの初春の今日降る雪の
  いや重け吉事
 759年、因幡国の国守だった大伴家持が、新年の宴で詠んだ歌です。「元旦と立春が重なった今日の日、この雪が降り積もるように、いよいよ重なってくれ。良きことが。」という意味で、万葉集全20巻の締めくくりの歌でもあります。昨年は、つらくて恐ろしい熊本地震がありました。少しずつ街も元の形へと復興し、私達の心も癒されつつあります。本当に、今年は「良きこと」がいくつも重なって欲しいものです。
  冬過ぎて春の来たれば年月は新たなれども
  人は旧りゆく
というのもありました。新春で、年は新年となるが、私たち人間はどんどん年を取っていく」と言っています。確かに、「時間があっという間に過ぎていく。ああ、また年を取る・・・。」と思いますが、大丈夫です。
   もの皆は新しきよしただしくも旧りゆく
   宜しかるべし
 「物というのは全て、新しい物が当然良い。ただし、人だけは古びてゆくのが良い」とも歌われています。私たちは、年月を重ねるごとに、経験を積み、心の年輪を刻み、豊かな人間になっていくのです。
 今年も、様々なことに興味関心を示し、挑戦し、一回り大きな人になれるように、いい時間を過ごしたいものだと、新年の空を眺めながら思いました。
      (平成29年1月5日池内)






平成28年


秋の街 
 街が少しずつ秋色に変化してきました。
 先月末、卒業生の来校が相次ぎ、嬉しい再会の連続です。
 福岡の看護専門学校で学んでいる卒業生は、バイトと両立させながら頑張っているそうです。「友達も出来たし、みんなで一緒に勉強をしています。」と語る彼女の顔は、とても健康的な笑顔でした。
 医学部4年生の卒業生もやって来ました。すっかり女性らしくなって、お母さんに以前より益々似てきたようです。「今回は追試も受けなくて良く、休みが長く取れたので来ました。」、「覚えることが多くて大変ですが、人の命を預かる仕事ですから、とても真剣に学んでいます。」、「こつこつ勉強すれば希望は叶うものです。」、「高校時代の一時期学校に行けなくても、そんなことは大丈夫ですよ。私のように。」と、すっかり大人になった口調で語ってくれました。
 スポーツ施設で水泳の指導員をしながら、通信制の専門学校で保育士資格取得を目指している卒業生も、日焼けした顔でやって来ました。卒業前と全然変わらない風貌です。現役高校生みたいです。「会社の面接で、何度も『高校生ではありませんね。』と念を押されました。」、「又、来ます。すぐ来ます。」と、帰って行きました。
 横浜の専門学校を卒業し、そのまま横浜で働いている卒業生は、落ち着きが増し、お母さんの良き相談相手になっているようでした。
 理学療法士を目指し、専門学校に進学した卒業生は「クラス委員長になりました。」と言って、受験を控えた3年生に、面接の心構えを教えたり、「推薦を受けるつもりなら毎日登校しろ。行事には全部かたりなさい。」等と話していました。さすが、先輩です。
 彼ら、彼女達が、一時期いろいろな事情で学校に行けない時期があったことなど、今の顔からは考えられません。みんな、立ちはだかる壁を自分の力や家族の支援で乗り越え、自分の未来に向かって、日々を楽しく、元気に過ごしていることに感動を覚えます。「若いってすごいね。」と思い、そんな感動を私たちに与えてくれる生徒達に、感謝です。心が豊かになった時間でした。

      (平成28年10月5日池内)





感謝 
 紫陽花の季節がやって来ました。
 熊本地震では、私たちが経験したことのない、災害に見舞われました。亡くなられた方には、心よりご冥福をお祈りしたいと思います。まだ避難所にいらっしゃるご家庭、転居されたご家族、車中泊を続けていらっしゃるご家庭もあり、過酷な現実との闘いの日々であるかと思います。様々な方面、たくさんの方々からの支援を受けながら明日に向かって歩み始めましたが、一ヶ月を過ぎたのに、まだまだ余震が続き、心休まる日がなかなか来ません。「がんばろう、熊本」のことばを胸に皆で前に進みましょう。
 さて、辛い経験の中ですが、いくつもの心温まる思いを持ちました。余震の直後、南関に住んでいる生徒、彼は社会人ですが、自分のお金で食料を買い集め、益城町に車で届けたそうです。知り合いに、ということではなく、困っている人がいるからと、自主的に行動したそうです。「全然足りませんでしたが。」と彼は言っていましたが、すごい行動だと感心しました。
 又、本震の後には、保護者の方、生徒達から、「学校はどうですか。片付け、手伝います。」と、電話がありました。そして実際に片付けに来てくれました。支援物資の差し入れ、お見舞金まで下さった保護者の方もいらっしゃいました。多数の卒業生、卒業生の保護者の方からも、ご心配、お見舞いの電話を頂きました。
 星槎国際高等学校からは、全国の学習センターからの励ましのメッセージ、福岡学習センターの保護者の方からは、うどんなどの食料を頂きました。愛知県の「まなぶみ学園」からは、生徒さんの励ましのメッセージと共に、愛知名物のラーメン、きしめん、お菓子などが送ってきました。
 本当に思いがけないことばかりで、感激の気持ちで一杯です。自分たちも大変なときなのに、そういう心遣いをして下さることに深く感動しました。
 生徒達が、卒業生が、保護者が、学園と関わっている関係の皆さんが、「水前寺高等学園」に集い、「水前寺高等学園」に心を寄せ、「水前寺高等学園」を見守り応援してくださるから、この「水前寺高等学園」が存在するのだと確信しました。
 いくつもの素敵な「気づき」を与えてくれた一ヶ月でもありました。

      (平成28年6月5日池内)





祈り 
 さわやかな風が吹き渡る頃になりました。
 先日来の熊本地震では、怖い思いをし、それぞれが被害に遭われ、大変な日々を送っていらっしゃるのではと、ご心配申し上げています。亡くなられた方には心よりご冥福をお祈りしたいと思います。
 「頑張れ、熊本」という言葉をあちこちで見かけます。頑張りましょう。
 皆さんもそうでしょうが、屋外での夜明かし、給水場、炊き出しに1時間、2時間並ぶという経験を、私も初めてしました。足の踏み場のない家の片付け、道路損壊で、車が通らず、数日間自転車で水や食料を求めて走り回るサバイバル生活でした。
 でも、そんな中で、いくつもの温かい思い、「人間ってすごいな。」という感動を持ちました。2回目の本震の後、近所の人と避難所に向かう時、お年寄りや赤ちゃん連れの人へのみんなの気配り。一枚の毛布をよその人と半分ずつ掛け合ったり。陥没や亀裂していた道が、少しずつ改善されたり。道をふさいでいた倒塀、崩壊家屋が少しずつ片付けられたり。物資が少しずつ増えたり。
 何十年も、年賀状のやりとりだけだった人から、安否問い合わせの連絡があったり。ずいぶん前の卒業生からメールが届いたり。
 星槎国際高等学校からも、本部の先生、福岡センターの先生方が、朝、5時起き、3時起きして、福岡から車で2度もお見舞いに駆けつけられました。

 また、星槎グループが友好関係を築いている遠い国、ブータンからもお見舞いの手紙を頂きました。
 そして、愛知県にある私たちと同じ星槎の仲間「まなぶみ学園」からもお電話があり、「水前寺高等学園の生徒達を支援したい。」と生徒さん達が言い出したそうです。そして、3日間、犬山市の繁華街で生徒による街頭募金活動が行われました。それを何か形ある物にして、本校に送ってくださることになっています。
 沢山の温かい思い、「自分たちは一人ではない。自分たちのことを思ってくださる人が、あちこちにたくさんいる。」という有難い思いを、抱きました。皆様も同じような思いを持たれたことと思います。
 何日ぶりかに避難先から家に帰ると、今年初めての薔薇が咲いていました。荒れ果てた庭の小さなピンクの花に、こころが癒され、自然の優しさを思いました。厳しい自然は、反面、優しい自然でもあったのでした。
 余震の収まりを、祈りたいと思います。
      (平成28年5月5日池内)





春の足音 
 厳しい寒さの中で、小さな春の足音を感じる頃になりました。
 学校は年度末に向けて、進級、卒業の準備に追われています。生徒達も自分たちの区切りに向けて、最後の頑張りを見せてくれています。
 さて、生徒達が詠みまして「第20回記念草枕国際俳句大会」に投句しました俳句の一部をご紹介します。


夏の夜の合唱大会狭き庭         奨汰
風鈴を見るたび耳を傾ける         美咲
かき氷口いっぱいが海になる       優樹
浴衣着て家族で行こう夕の街       恵都子
あの頃は夏を追いかけ走りけり      日香留
リンゴ飴食べた記憶の夏祭り       実季
雨音と重なる秋の思ひかな        杏実
夏休み毎日バイトに明け暮れる      結喜
午後の部屋麦わら帽子の匂いかぐ    佐紀
夕立の後には大きな夢の虹        真帆
夏の雲綿菓子みたいでおいしそう    恵里花
友達の笑顔が映える花火かな      友花
漆黒の闇から響く虫の声          慎之介
蝉の声今はおらぬがいつか啼く      諄之丞
我先と次々光る夜光虫           真悟
一日に何度も開く冷蔵庫          正太郎
漁夫帰る愛する家族の待つ家へ     美雅
父の日を祝えばふっと風が吹く      花
山奥でキラキラ光る蛍かな         遥香


 ふと、立ち止まって、周りを眺め、自分の心と対話して、でき上がった句です。どれも瑞々しい感性から生まれた名句だと思います。心が柔らかくゆったりとなれるような気がします。このような時間をこれからも授業の中に取り入れて行きたいと考えています。
      (平成28年2月5日池内)


平成27年

秋風の報告 
 街が少しだけ秋色に変わってきました。
 先月に引き続き、今回も卒業生のうれしい報告です。
 先日、久しぶりの卒業生が訪ねてきました。「挨拶が遅くなりましたが、念願であった国家公務員になりました。この4月から大分県で働いていま
す。」という報告でした。

 彼は高校入学後すぐに退学し、バイトをしたりぶらぶらしたり、時々ヤンチャをしたりした後、高校卒業を決意し、18歳で水前寺高等学園に入学してきました。
 バイトで母親の手助けをしながら、21歳で高校卒業と同時に大学に進学しました。以前の彼を知っている近所の人や友人達には、「大学に通っている。」と言っても、信じて貰えなかったそうです。
 そして大学卒業が近づいた時、公務員になることを目標にしました。それからは、本人曰く、「盆も正月もクリスマスも誕生日もなく、死ぬほど」勉強したそうです。
 人よりも遅い出発でしたが、自分で道を切りひらき、苦労を重ね、目標を達成した彼の顔は、自信に満ち、輝いていました。もし、これからの人生で思いがけず辛いことがあったとしても、乗り越える力を身に付けたことでしょう。
 彼を見ながら、「人間、いつからだって大丈夫。一生の内、一度でいいから肉体も心もぎりぎりの所まで行き、きつくて泣きたくなるほど頑張る時期を過ごすことは必要だなあ。」と改めて思いました。また、こんなに素晴らしく成長した卒業生達の、素晴らしい報告を聞くことのできる私たちは、何と幸せなのだろうとも思いました。

      (平成27年10月5日池内)


以心伝心  
 暑さの中にも、小さな秋が一歩一歩と近づいています。うるさいほど鳴いていた蝉の声も、いつの間にか聞こえなくなり、郊外に出れば、背高く伸びた青田の上をトンボが遊び、確実に、1つの季節が終わったことを知らされます。
 たかが季節ですが、何だか、大切なものに置いて行かれたようなもの寂しさを感じます。
 でも、その寂しい私の心の底に、夏の日に逢ったいくつかの笑顔が残っています。
 「以心伝心」、「テレパシー」、「念力」等という言葉がありますが、「あの卒業生はどうしているかな」と思っていると、不思議とその卒業生とぱったり出会うことの多かった夏でした。
 結婚が決まった時にはご主人と一緒に学園に挨拶に来、1人目の子供が生まれると、退院直後に生まれたばかりの子ども連れで来、2人目が生まれると、1人の手を引き、1人をだっこしておむつやミルク持参で顔を見せに来てくれていた卒業生がいました。
 ふと気付くと1年以上会っていないようで、ちょっと心配になっていました。そしたらショッピングセンターでぱったり。何と「3人目の子どもが6ヶ月で、いま、主人が駐車場の車の中で面倒見ています。」ということでした。入学してきた頃は、不機嫌な顔をし、「だりぃ(だるい)」を連発する生徒でしたが、今の顔は、とても優しく、美しく、輝いていました。3人の子の母として、幸せに暮らしているのだと安心し、とても嬉しく思いました。
 福岡で、働きながら専門学校で学んでいる卒業生のことも、気になっていました。ゆったり過ごすタイプの生徒だったので、仕事と学習の忙しい日々に疲れていないだろうか、学校は続けて頑張っているのだろうかと、最近、心配していました。
 これも又、信号待ちの所でぱったり。「大丈夫です。頑張っています。今日と明日、久しぶりに熊本に帰って来ました。」と早口で報告しながら、颯爽と自転車を走らせて行きました。
 私たちが心配する必要などないように、皆、それぞれ新しい環境で、たくましく、元気に頑張っているようです。
 学園は2学期が始まり、日焼けした元気な笑顔の生徒達が帰ってきました。今学期は、3年生の入試や文化祭など、忙しく充実した日々が続きそうで、生徒達は勿論のこと、私たち職員も張り切っています。いい日々にしたいと思います。
      (平成27年9月5日池内)



ねがいごと  
 学園は夏休みに入りました。生徒たちは思い思いの計画に沿った夏休みを過ごしています。充実した思い出に残る時間にしてほしいと願っています。
 さて、7月7日に七夕祭りを行いました。七夕伝説の学習後、俳句を詠み、短冊に願いを書き、ケーキとお茶で楽しみました。
 たくさんの願い事がありましたが、いくつか紹介します。
 「健康で幸せになりますように」、「みんな仲良く」、「ギターが上手くなりますように」、「少しでも大人になりますように」、「将来の夢が叶いますように」、「希望校に合格しますように」、「ずっと今のまま幸せでいられますように」、「幸せになりますように」。
 ちなみに、あるアンケートによると、世の中の「七夕の願い事」ランキングは、1.健康、2.お金、3.仕事・学業、4.恋愛・結婚、5.生活のことだそうです。
 生徒たちのかわいらしい願い事は、きっと天まで届いたことでしょう。
      (平成27年8月5日池内)


文月  
 7月に入り、1学期の終わりが見えてきました。
 7月は旧暦で文月(ふづき)と言いますが、文月の由来はいろいろとあるようです。7月7日に七夕に詩歌を献じたりするからとか、稲の穂が含む月だから「含み月」、「穂含み月」の意味だとか。また異名も沢山持っているようです。おみなえし月、建申月、親月、七夕月、桐月、七夜月(ななよづき)、初秋、文被月(ふみひろげづき)、愛逢月(めであいづき)、欄月、涼月など。いろいろな自分になれる七月さんは、幸せ者ですね。
 この梅雨が明け、夏ではあるけど真夏ではない、微妙な七月という季節をじっくり感じてもらう為、生徒達には終業式までの間、俳句作りに挑戦してもらいます。出来上がりました作品は、文化祭やここでいずれご紹介します。楽しみにしていてください。また「草枕国際俳句大会」や「公徳文芸賞」に投句します。入賞をご期待下さい。

      (平成27年7月5日池内)
                          




梅雨晴れ間  
 梅雨まっ只中で、雨に濡れた紫陽花、若葉の上でキラキラ光る雨粒を楽しんでいます。
 ゴールデンウィークも待つ間は楽しいのですが、あっという間に終わってしまったようです。私は近場をウロウロしていました。毎年この季節には、家族に取れたて蕨を食べさせる為に、西原村に出かけます。
 思い立ったら早速、日曜日の朝早く、誰もいない内にと、車を走らせました。青々とした山に滴る緑。そこにいるだけで癒されそうです。いつもの場所で「今日は大きいのがいっぱいあるなあ」と思いながら、収穫をし、斜面を立ったりしゃがんだりしながら登って行きます。登り切って地面から顔を上げると、頭の中で描いていた場所からずいぶん横に逸れた場所にいました。真っ直ぐ登っているつもりが、完全に斜めに登っていたのです。下ばかり見ていて、自分の立ち位置が分からなくなっていたようです。
 そして気付きました。「狭い所ばかり見ていると、大切なものが正しく見えないのだ」と。昨年の蕨取りの時は、登る時には見えなかった蕨が、降りる時には見える事から「視点を変え、広い視野を持つことを忘れないようにしよう」ということを学びました。
 「木を見て、森を見ず」、「鹿を追う者は山を見ず」、「木を数えて林を忘れる」、「獣を遂う者は目に太山を見ず」と、昔からいくつも同様の戒めがあるようです。
 たかが蕨狩り、されど蕨狩りでした。
 さて、そんなことを考えていると、うれしい電話が相次ぎました。
 「うれしい報告が出来ます。心配していましたが、子どもが元気に通学しています。入学式には行けなかったので、やはりだめかと思っていましたが、次の日からは自分で起きて、通学しています。学校の先生に自分でお願いして、学校のピアノも弾かせて貰えるようになりました。」と、専門学校に進学した生徒の母親からの電話でした。朝が苦手で午後からの登校が多く、午後3時、4時などに登校していた生徒でした。お母さんも1ヶ月様子を見てから、「もう大丈夫」と思って、電話されたそうです。
 もうひとつも、卒業生のお母さんからの連絡でした。「入学式から、休まず行っています。授業はレポートや討論などで大変とは言っていますが、心配することはなかったようです。頑張っています。」と。この生徒も自分のしたいことがなかなか見えずに、不安定な時期もありましたが、今は県外の大学で自分のやりたいことを見つけて、頑張っているようです。
 あく抜きし、砂糖、みりん、醤油で煮付けた蕨はとてもおいしかったです。
      (平成27年6月10日池内)



緑の風  

 緑の風薫る季節になりました。
 新しい仲間を迎え、新年度が始まり、学校はとても活気に満ちています。生徒たちと共有して行くこれからの一年という時間が、とても楽しみです。
 この時期になると、毎年、卒業生たちの訪問が絶えません。卒業して1年、2年、あるいは4年、5年経ち、高校時代が懐かしくなるのでしょうか。
 心理学を学ぶ為に鹿児島の大学に進学した生徒は、熊本に就職が決まったことの報告に来ました。自分のつらかった経験を生かし、患者さんの心のケアに尽力したいという強い思いを持っていました。でも、「高校時代に少し勉強をさぼったので、大学の勉強はやはり大変でした。」と、少し照れくさそうに言うときの顔は、高校時代のままでした。
 初志貫徹で医学部に進み、「進級しました。暗記することが多くて勉強は正直大変です。でも水泳の部活と両立させながら頑張っています。食生活にも注意しています。」と語る彼女は、とてもたくましく成長していました。
 23歳の卒業生もやって来ました。彼は高校卒業時には進学することは頭になかったのですが、しばらくして英語を学びたいという強い気持ちが湧いてきました。希望する大学には1年目不合格。2年目も不合格。それでもあきらめずに努力を続け、今年の春に大きな花が咲きました。「人生でこの数年が一番勉強しました。」と、すっかり落ち着いて大人になった彼を見ていると、ご家族も本当にうれしいだろうなと、こちらまで母親のような気分になってしまいます。
 動物がとても好きで、その方面の専門学校に進んだ生徒も、希望通りの就職を果たしました。専門学校生の2年間は、無遅刻、無欠席で皆勤賞を受けたということです。合わせて成績一番で学校長賞も受賞しました。中学に全然行けなかった過去があるなど、全く信じられません。
 もし、今、いろいろな心配、不安、悩みを持っている方がいらっしゃいましたら、どうぞご安心ください。子どもたちは、自分のペースでしっかりと前に進んでいます。ゴールに到達する時期はそれぞれ違うでしょうが、ゆっくり、ゆっくり、一緒に歩きましょう。
      (平成27年5月5日池内)



春立ちぬ  

 立春を過ぎ、寒さの中にも春がそこまでやって来ているのを感じる頃になりました。
 さて、1月14日は最終学期の始業式でした。多数の漢字検定や日本語検定合格者の表彰式の後、米澤房朝学園長からの講話がありました。
 「今日の始業式は学期の始まり、節目です。人生にいくつもあるこのような節目を大切にしてほしい。そしてその節目に『思い』を持ってほしい。その『思い』や目標が全て達成されないかも知れないが、思うことにより少しずつ自分のものとなり、自分が成長することができる。また、去年はこんなことを思った、一昨年は・・・と、心を巡らすことも感慨深いものがあり、楽しいものです。」という講話を、生徒たちは姿勢を正してしっかりと受け止めていました。
 その学園長が、今年度の初めの頃、玄関の靴棚を見て「靴は踵ではなく、つま先を正面にするのが、お客さんへの気配り、おもてなしですよ。」と教えてくださいました。「ああ、そうなんだ。なるほど。」と思った私たち教職員は、その日から靴の向きを変えました。
 そして14日の始業式の日、男性の先生が「いつの間にか、生徒たちも靴をきちんと前向きに並べているなあ。そして私もそんなことに気付くようになったなあ。」と、生徒のことと自分のことの両方を、喜んでいらっしゃいました。それを傍らで聞いていた私たちも、心がぽっと温かくなりました。何だか、いい習慣が自然と広まって行くことはうれしいものです。
 最後に、学園長には内緒で付け加えます。生徒たちの始業式での態度がとても良かったことで、「生徒たちがあんまりきちんとした態度で聴くので、話している私の方が恥ずかしくなって、緊張してしまった.。」と笑いながらおっしゃいました。そんなことをさらりと語られる学園長のお人柄や、きちんと出来る生徒たちのことがとても素敵に思えて、またまた、私も嬉しくなりました。
 外の空気は冷たく厳しいものがありますが、教室の中はポカポカと暖かい空気が流れています。今年度もあと1か月あまりになりましたが、何だかいいことがたくさんありそうな予感がします。
      (平成27年2月5日池内)



平成26年

ありがとうの花  

 日毎に寒さが厳しくなって行くようです。今年もいろいろな思い出を残し、過ぎ去ろうとしています。
 さて、10月25日土曜日に「つながる−人と自然と宇宙と未来へ」というテーマで第6回文化祭を開催しました。保護者の皆様、卒業生、学校関係者、ご近所の皆様など、多数の方が来てくださいまして、楽しい1日でした。生徒達もお茶を点てたり、受付、案内、売り子と大活躍で、いい体験をすることが出来ました。
 3階教室で「ありがとうの花を咲かせましょう」という言葉と、壁に紙で作った大きな幹と緑の葉を付けた樹を展示しました。そして、来場した皆様に、色とりどりの花びらの紙に「ありがとう」の言葉を書いて貼っていただきました。赤や黄色、ピンク、ブルーの美しい「ありがとう」の花が満開になりました。心がほっと温かくなるような樹が出来上がったので、今もそのまま掲示してあります。いくつかの「ありがとう」の花をご紹介します。
「健康でいてくれて ありがとう」、「いつもみなさん ありがとう」、「家族にありがとう」、「いつも頑張ってくれて ありがとう」、「まっすう ありがとう」、「今ある事 すべてのみなさんに ありがとうございます みなさんが幸せでありますように」、「いつもお洗濯 ありがとう」、「お茶のおもてなしを手伝ってくれたみんな ありがとう」、「ママ パパ いつもありがとう」、「みんなに会えたことに ありがとう」、「ありがとう 生きていることに感謝」、「今日はたくさんやさしいもてなし ありがとう」、「感謝しかありません ありがとう」、「出会いに 友達の一言に ありがとう」、「ぱぱ まま いつもありがとう」、「やる気 元気 根気 ありがとう」、「ありがとう みんな」、「家族みんなが元気でいてくれて ありがとう」、「一生懸命な姿に ありがとう」、「いつも ありがとう」、「ありがとう 名も知らぬ人たち」、「阿蘇の草原 ススキにそよぐ風 緑の大地 素敵な自然 ありがとう」、「素敵な笑顔をありがとう」、「水前寺高等学園のみなさん いつもありがとうございます」、「お母さん お父さん お兄ちゃん いつもありがとう」、「支えてくださって ありがとう」、「生きててくれて ありがとう」、「いつも元気で生きてくれて ありがとう」、「お父さん お母さん いつもありがとう これからもよろしく」、「いつも元気で ありがとう」、「人とのつながりに ありがとう」、「ありがとう」
たくさんの素敵な言葉をありがとうございました。
     (平成26年12月5日池内)




皆既月食  

 空気が透明感を増し、街にはしっとりと落ち着いた気配が立ちこめて来ました。
 さて、10月9日は、月全体が地球の陰にすっぽり入り込み、月が欠けて見えたり赤い満月のように見える皆既月食でした。この日は日本中が、この皆既月食で賑わいましたが、皆様もご覧になりましたか。
 罪を作り、地上に降ろされていた輝くように美しいかぐや姫は、たくさんの人々の心をとりこにし、月に帰って行きました。全ての人の、あこがれの姫の住む月。
 遣唐使として唐に渡り、あの玄宗皇帝に仕えた阿倍仲麻呂は、とうとう帰国することなく、かの地で、73歳の生涯を閉じました。彼の望郷の念は「天の原降りさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」という和歌に凝縮されています。彼は月を見ながら遠い日本を恋いました。
 放浪の歌人西行は、「嘆けとて月やは物を思はするかこち顔なるわが涙かな」と歌い、在原業平は、「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつは元の身にして」と詠みました。彼らは、月を見ながら、心の中に抱えているやるせない思いと対話しました。
 「月にはかぐや姫もウサギも住んでいない」、と分かっていても、なぜか月は私達のロマンを誘います。
 そして月を眺めていると私達は思索的になります。輝く太陽ではまぶしすぎるから、人は優しい月の光に心惹かれ、いろいろな思いを巡らすのでしょうか。
 さて、青春まっただ中にある生徒達は、今どのようなことを考え、悩み、喜び、楽しんでいるのでしょうか。月の包容力、優しさを持ち、太陽のように光り輝いて、日々を過ごして欲しいと願っているところです。
 今度の皆既月食は、4月4日だそうです。さあ、その時生徒達は、そして私達はどのような日常を送り、どのような思いで、月を眺めるので
しょうか。
     (平成26年10月31日池内)




秋来たる  

 秋が少しずつ深まり、街中の空気が透明感を増したような気がします。
 季節の移ろいの中で、生徒達にも時の流れを感じ、少しだけ自分の心と対話して欲しいと思い、俳句創作に取り組んで貰いました。何句かご紹介します。

桜咲き新たな出会いが待っている   雅也
夏の海父母と眺めて語り合う      梢
炎天や犬の毛皮も焦がれ行く      愛美
まなざしにひまわり照らされすくすくと  真弥
たんぽぽの綿毛ふわふわ夢連れて  佳奈
桜道祝いに別れこと絶えぬ       幹彦
蝉の声希望が胸に踊り出す       由香
七夕のお願いごとはどうしよう      貴紀
土手で寝て少しの間雲になる      優菜
ひよどりの飛び立つ枝よりひとつもぐ  拓磨
秋の夜風が思い出運びけり       麻愛
秋の暮れやや行き過ぎて風が吹く   昂史
柿の木に隠れて暮れたかくれんぼ   里沙
十五夜に一つ欠けたる団子かな    美月
梨食べる今年この時期やって来た   佳奈
秋の朝懐かしき風吹き抜ける      結喜
秋の海静かに思い出包み込む     華子
仏壇で夏の過ち懺悔する         力人
秋の空みつめて走る徒競走       友紀
最終日たまりたまった夏課題       侑加里
天の川君と出逢える特別日        眞緒
早朝のバイトに向かう秋冷や       宏樹
秋の山空も一緒に染まる赤       美雅
連休もバイトに終わり秋めくや      佳乃
ひまわりと18の俺にらめっこ       路人
新聞を取る時気づくもう秋だ       友紀

 真剣な顔で、指折り数えながら完成した俳句です。10月25日に開催される文化祭では、短冊に書いて展示したいと思います。
     (平成26年9月11日池内)




寂しがり屋のアナゴ  

 太陽が力強く輝き私たちに活力を与えてくれる頃となりました。
 一学期もあれよあれよという間に過ぎて、生徒たちは夏休みに入っています。充実した日々を過ごし、元気な顔で二学期に登校してほしいものです。
 さて、先日アナゴ漁の様子をテレビで見ました。アナゴはハモやウナギの仲間ですが、日本各地の沿岸に分布し砂泥地や砂地に住んでいるそうです。マアナゴ、クロアナゴ、ギンアナゴなどがいるけど、私たちが主に食用にするのは側線の孔が白いマアナゴです。
 そのアナゴは夜行性なので夜釣りが一般的で、いくつかの筒を水の中に仕掛けておきます。ここからが面白くて、まず、一つの筒にどんどんアナゴたちが入っていきます。隣の筒はカラでも、そちらには見向きもせずに、筒の中がぎゅうぎゅうになり、身動きできないほどになるまで入り続けます。
 アナゴは「群れ」で生活するそうですが、きっと寂しがり屋で、他の誰かと身体がぴったりとくっついていないとだめなようです。
 そして考えました。人間も同じだと。手をつないだりハイタッチをしたり、握手をしたり。小さな子には頭を撫でたり、外国の人はよくハグをしたり・・・・。
 そして人間は、身体だけでなく、心も誰かと触れ合っていることが必要なのだと思いました。家族だったり、友人だったり、恋人だったり、同僚だったり。「同じ釜の飯を食う」・「管鮑の交わり」(管仲と鮑叔牙のような信頼しあう生涯の友としての付き合い)・「刎頸の交わり」(一緒に首をはねられても後悔しないほどの堅い交わり)・「肝胆相照らす」(自分の心を本当の意味で理解してくれるものとして相手を扱う)など、心を通わせることの素晴らしさを表す言葉は昔からいくつもありますから。
 アナゴはウナギより味は淡泊で上品な風味で、初夏から秋が旬だそうです。ちょうど今からが食べごろです。家族や気の合う仲間と会話を楽しみながら食べるのもいいかもしれませんね。
    (平成26年8月5日 池内)




梅雨の晴れ間  

 梅雨の晴れ間、雨にぬれた輝く木々に目を奪われる頃となりました。
 1学期ももうすぐ終わろうとしていますが、生徒たちも私たちも元気に充実した日々を過ごしています。
 新学期の慌ただしさが少し落ち着いたので、私は時間を見ては中学校、高校へ学校訪問をしています。水前寺高等学園に生徒を送り出された学校、先生方がその後を心配していらっしゃるのではと思い、生徒たちの現況報告をするためです。「毎日登校して頑張っています。」、「マイペースですが、レポートも順調に進んでいます。」、「友達もできたようです。」、「行事が大好きで、活躍中です。」等と報告すると、とても安心して喜んでくださいます。ある学校では「週1ですが登校できています。」と言うと、職員室に先生方の「オー」という声と拍手が起こったこともありました。
 反対に、大学や専門学校から先生方が、水前寺高等学園を卒業し各学校に進学した生徒の近況報告においでになります。
 「○○さんは2年生に無事進級しました。成績は、学年トップでした。」、「パンフレットの表紙モデルになりました。」、「○○君はみんなのまとめ役となっています。力仕事も率先してやってくれます。」、「クラスを明るくするムードメーカーです。」などと、今、うれしい報告が届いています。
 「そういえば、彼女は少し人が苦手だったけど、頑張り屋だったからなあ。」、「彼は3年生の文化祭の時も、最後までデキパキと後片付けをしてくれたなあ。」、「あんなに心配した○○さんが、もうすっかり大丈夫だなあ。お母さんも喜んでいらっしゃるだろう。」等と、先生方と話しながら喜んでいます。
 生徒たちには、「自分のことを、自分は気づかないけど、どこかで誰かが気にかけてくれているのだ。」、「自分が元気に幸せに生きていると、たくさんの人が喜んでくれているのだ。」、「自分は1人だけど、1人ではないのだ。」ということを、十分に理解してほしいと願っているところです。
     (平成26年7月5日 池内)




新緑の中で  

 輝く新緑が目を楽しませてくれる頃となりました。
 待ち遠しかったゴールデンウィークも、あっという間に過ぎ去りましたが、皆様はどのように楽しまれましたか。
 私は毎年の習慣として、阿蘇の野に蕨刈りに行きました。少し早目に家を出て、今朝伸びたばかりであろう柔らかい芽を摘み取ります。ゆるりとした斜面を少しずつ登りながら、立ったりしゃがんだり、まるでスクワット状態で、結構運動になります。さて収穫しながら2、3メートル登り、後ろを振り返ります。そしたら目につく蕨は全部取ったはずなのに、おいしそうな立派な蕨が何本か目に入りました。引き返して収穫し、また上に向かって少し登ります。そして振り返ると、またさっきはなかったはずの蕨が、再び目に入ります。
 そういうことを何回か繰り返すうちに、「視線をの方向を変えたら、別のものが目に見える」、「視点が変わると新しいものが見える」のだと気づきました。
 そういえば世の中には「俯瞰」とか「鳥瞰」とか、「高いところから見渡すと大局的にいろいろなものが見えてくる」という言葉があったことを思い出しました。
 日常でも、また、子供たちと接する時でも、自分の固定観念や常識ばかりで眺めず、ちょっと角度を変えたり、心を真っ新にして眺めたりしなければならないのだと改めて思いました。
 そして地面ばかり眺めていた身体を起こし遠くに目をやると、山々の新緑や水を張った広大な田が朝日にキラキラと輝いていました。
 さて、帰宅したら大量の蕨のあく抜き、料理と、大忙しでした。私の夕ご飯は、3歳から90歳までの4世代7人でワアワアと騒音の中での夕食です。7人分のキャベツを刻んだりジャガイモや人参をむいたり、毎日の料理はそれは大変ですが、孤食の多い今、こうして皆が元気で食卓を囲めるのは、有難いことだとしみじみ思いました。
 もちろん、蕨の煮物はとてもおいしかったです。
    (平成26年5月13日 池内)



平成25年

「おもてなし」  

 今年が早足で逃げて行く頃となりました。学園は、2学期の締めくくりに向けて、生徒も教師もエネルギッシュに活動しています。
 私はこの水前寺高等学園で仕事をするようになった10年間ほど、有難いことに寝込んでしまうこともなく、無遅刻、無欠勤を続けています。日頃から十分な睡眠、腹七分(年齢と共に変えています。以前は八分でした。)、ストレスはためないように努力する・・・等と、いろいろ心がけはしています。でも時々、土、日曜日の休みになると、気が抜けるのでしょうか、体調を崩すことはあります。
 さて、先日の休みの日、朝から起き上がろうとしても起きれません。手足をバタバタして、まるで裏返しになった亀のようです。年に2、3回出る軽いぎっくり腰になったようです。
 昼前までゆったりしていて、「腰の痛みは温泉だ」と、温泉センターに出かけました。まずはお腹を満たそうとレストランに入ると、雨の日曜日なので満員のお客さんです。やっと、80代のおばあちゃん2人のテーブルに相席させて貰いました。2人は楽しそうに会話しながら、美味しそうにご飯を食べていらっしゃいます。見ていてこちらまで楽しくなるほどです。「いいなあ、私もあんな風に元気で明るく楽しく歳をとらなくちゃ。あんなに楽しそうなのは、心と身体が健康だということだから。」などと考えていると、「お茶、どうぞ。」と、1人のおばあちゃんが私の湯飲みにお茶を注いで下さいました。私の方が気を配って当たり前なのに、反対にお世話を受けてしまいました。周りの人に気遣いできる心のゆとりに、私は驚きと感激です。更に食事後、「ごゆっくりなさいまし。」と言って席を立たれました。又々、驚きと嬉しさです。「私も歳をとったら」などと、えらそうにおばあちゃん達をいたわるような目で眺めていたのに、私の方がすっかりいたわられ、優しくして貰って、心がホワーとなりました。「私などこの方達の足元にも及ばないな。ああ、これが『おもてなし』の心だなあ。これが年齢を重ねて成熟するということだなあ。」と、おばあちゃん達にすっかり脱帽し、拍手を贈りたくなりました。「私も頑張ります。」と。
 8月19日のエッセイで「日本の若者は偉い。」と書きましたが、今度は「日本のお年寄りもすごい。」と書きたいと思いました。
 温泉に入り、身も心もすっかり温まって、いつの間にか腰の痛みも無くなったようです。そして次の月曜日には、勿論元気に出勤できました。
    (平成25年12月5日 池内)




「秋風の時間」  

 木々が少しずつ色づき始め、秋の深まりを感じる頃になりました。
 先日、秋の研修旅行で「味の素株式会社」の工場と「吉野ヶ里歴史公園」を訪れました。工場見学では、人の身体の20%はタンパク質であり、そのタンパク質は20種類のアミノ酸からできていることなど、身体の健康にとって為になることを沢山学びました。
 吉野ヶ里歴史公園では、秋風に吹かれながら広大な台地を散策しました。秋晴れの穏やかな陽射しの中で薄がさわさわと揺れています。萩の花もこぼれ咲き、子供の頃によく目にしていた懐かしい赤ままの花も猫じゃらしも、遠い遠い昔からそこにあったように風の下で自由に泳いでいます。
 高床住居、祭殿、物見櫓、立柱、甕棺墓列・・・
それらを眺めている内に、私の意識が時空を超えて、古代の世界に足を踏み入れたようです。遠くから弥生時代の子供達の元気な声が響いてきます。女達が畑を耕しながら談笑している姿、男達の勇壮な狩り姿が目に浮かび、雄叫びの声が聞こえてくるようです。邪馬台国の卑弥呼がそこに立って優しく見守っているような気までしてきました。
 しばらくの間、その妖しげな想念に遊び、ふと現実に立ち返ると、遠足の小学生達がリュックを背負って走り回り、家族連れや若者達のグループ、老夫婦が思い思いに散策をしていました。
 この地に、弥生時代、確かに生きていた人々の何百、何千代という命の連鎖の結果、今、私達が生きているということを強く実感しました。そして、小高い丘の上で、「私達はその命の鎖を繋いで行く義務がある」ということ、「自分が生まれてきた意味」、「自分の果たすべき役割」まで、考えさせられ、何かが見えてきたような非日常の時間でした。
 生徒達もそれぞれに感慨を覚えたようで、研修旅行の目的も十分に達成したようです。

    大の字になれば寄り来る秋の声
    とめどない思いの先に赤とんぼ
    台地には太古の秋が集ひ居り
                (洋子詠)
      (平成25年11月1日 池内)




「後出しじゃんけん」  

 灼熱の太陽の下、大輪の向日葵、真っ赤なサルビアが私達を元気づけてくれるような気がします。
 学園は1学期が終了し、生徒達は夏休みに入りました。自由な時間の中で、たくさんのことを経験し、思い出を山ほど作ってほしいと思います。
 さて、先日何気なくテレビに目をやるとそれはそれは感動的なシーンに出会いました。どこかの教室に、中高生でしょうか、20人ほどの生徒が集まり、前に立つ先生が「後出しじゃんけんをしましょう。」とおっしゃいました。そして「じゃんけんぽん」と始まり、生徒達も手を決めました。次に先生が「じゃあ、僕に勝った人」と言われると大方の生徒が手を挙げ、意外なことに「負けた人」と言われて数人が手を挙げました。また、「あいこ」の生徒も僅かにいました。負けた生徒の負ける手を出した理由は「後出しで勝ったら相手に悪いと思ったから」。「あいこ」の生徒の理由は「勝つ手を出すのも悪いし、かといって負けるのも嫌だったから」でした。
 「じゃんけんは勝つのが良い、勝つことが正解だ」と思っていた私の思考がぷっつりと両断され、嬉しい気持ちで一杯になりました。「近頃の若者は」と、いつの時代も不満の引き合いに出されますが、「近頃の若者」もなかなかいいじゃないか、やるじゃないかと思った一瞬でした。自分勝手、自己中心的と思われがちな世代の、相手のことを斟酌する優しさ、しっかり根付いた「恕」の心を感じました。
 私がそうであったように、人間の脳は普通には勝つ方の手を出そうとするそうです。そこで、脳の活性化をめざし、後出しじゃんけんで負ける手を出す遊びを取り入れている介護施設もあると聞きました。「勝ちたい」という潜在意識に打ち勝つには相当な集中力が必要で、あえて負ける手を出すことは脳の強い刺激、鍛錬になるそうです。
 さて、足の鍛錬にと、久しぶりに江津湖沿いの遊歩道を歩いてみました。猛暑の湖面に何艘かのボートが浮かび、高校生達が真っ黒に日焼けし、汗びっしょりになって艪を漕いでいます。冷房の中で寝っ転がっていてもいいのに、自分たちの力の限界に挑戦するかのように頑張っています。木陰では保育園生達が、キラキラ光る瞳で先生の話を熱心に聴いています。隣の子としっかり手は繋がれています。湧水の所では、小学生達がキャアキャアはしゃぎながら水遊びをしています。友達の輪が広がって、エネルギーが辺り一面に充満しています。
 次代を背負っていく若者達が、心身共に健康で確かに一生懸命生きている姿に、「これからの時代も絶対大丈夫」、「これなら未来は明るい」と真っ白な入道雲の下で、妙に嬉しくなった夏の出来事でした。
    (平成25年8月19日 池内)




自画自賛   

 梅雨が明け、真夏の太陽、青い空、白い雲に何か楽しいことが起こるようなワクワクした気分になります。
 学園はこの時期、毎年のことですが、卒業生の訪問で連日賑わっています。母校が懐かしくなるのがちょうどこの頃なのでしょうか。
 大分の大学に進学した生徒は、午後に「土・日で帰熊していて、大学に帰る前に寄りました。」と言ってやってきました。彼は大学2年生になり、さわやかな雰囲気の若者になっていました。「50ccで57号線を帰るので、アパートに着くのは夜中になるでしょう。」と言っていましたが、繊細だった彼が、そこまでたくましくなったことに驚きます。
 別府の大学に進んだ卒業生は「今は大学のバイトで下級生の面倒をみています。水前寺高等学園から僕の大学に来る後輩がいたら、僕にできることは何でもしますから。」と力強く言いました。自分のことで精一杯だった高校生がここまで成長したのかと、とても嬉しくなりました。
 Jリーグの選手として神奈川にいた卒業生は、「故郷で青少年を育てる仕事に取り組みます。」とスクール設立に向けての抱負を語っていきました。
 熊本県立高等技術専門校に進んだ生徒は「毎日夕方まで授業で大変ですが、トヨタ入社を目指し頑張っています。入学金など私立に比べて10分の1ほどなので、親孝行をしました。卒業には99%の出席が必要です。やる気のある生徒は合格すると思いますので、後輩達に指導してください。」と作業服で語る彼は、もうすっかりベテランの自動車整備工のようでした。
 尚絅短大を卒業し就職した女子生徒は「通りがっかたので。」とにこにこ笑顔でやってきました。まだまだかわいい笑顔に数年前の卒業生であることを忘れそうでした。
 アルバイトのまま卒業していった生徒2人が、今度大学を受験したいからと相談をしています。このようなことも毎年ありますが、自分の意志で進学を決意した時は、大きな力が発揮されると思います。
 6ヶ月の子供を抱いてやって来た卒業生、1歳になった女の子を連れた卒業生。みんな素敵なママになって、しっかり子育てをやっているようです。このほかにも毎日のように誰かがやって来ます。一人一人に大切な時間が流れていること、そしてより良き日々を重ねていることを確信しました。彼らの明るい笑顔、その笑顔の向こうに見え隠れする保護者の方々の喜びを思う時、同じ親として私たちが少しでも力になれたのだったら、「この水前寺高等学園ってすごい!」とうれしくなって自画自賛しています。
    (平成25年7月12日 池内)




時の記念日  

 紫陽花の濃淡の花々に目を奪われる頃となり、もう今年が半分過ぎようとしています。緊張の面持ちだった新入生もすっかり学校に慣れて、明るい笑顔が出るようになりました。本当に時間の早さを思わされます。
 時間と言えば、もうすぐ6月10日「時の記念日」です。語源を知りたくて調べてみました。1920年に東京天文台と生活改善同盟会が国民に「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう。」と呼びかけ、時間の貴重さ、時刻を守ることの大切さへの理解を深める目的で制定されたということです。
 兼好法師も「徒然草」の中で、「一瞬一瞬は目に見えないけれども、それを無駄に過ごし続けていると、命の終わりは瞬く間にやってくる。」と言っています。
 百歳を超えて、尚、聖路加病院理事長などの役職で現役医師として多数の人々の命と向き合っている日野原重明さんは「命とは、あなたが使える時間のこと」と述べていらっしゃいます。そうすると、私達が毎日をより良く生きなかったり、時間を大切にしないのは、自分の「命」を粗末にすることになります。約束の時間を守らないのは相手の「命」を、決められた時間を守らないのは周りの人の「命」を無駄遣いさせること、大切な「命」を奪うことになります。こう考えていくと、私達は「時間」に厳粛に、誠実に取り組みたいものです。
 「時の記念日」を良い機会として、保護者の方々には、我が子と「時間」について話しあってほしいと思っています。「歳月人を待たず」・・・時の流れは速く、親子で一緒に過ごせる時間も限られています。一緒にいられる「今」を、どうぞ大切に。

 あなたの持っている最大の資源は、時間なのです。(ブライアント・トレーシー)

 過去も未来も存在しない。あるのは現在という時間だけだ。(トルストイ)

 欲しいものは、私に何でも言うが良い。ただし、時間以外だ。(ナポレオン)
     
    (平成25年6月1日 池内)




継続は力なり  

 咲き乱れる花々や吹き渡る緑の風に心を癒される頃となりました。新しい生徒達を迎え、教室にはエネルギーが満ちあふれ、楽しい日々を過ごしています。
 「継続は力なり」という言葉があります。これは大正から昭和初期にかけて広島で活動した宗教家で詩人の住岡夜晃の「賛嘆の詩」の一節ですが、このことを強く実感した出来事がありました。卒業生が久留米大学の医学部に合格しました。
 彼女は1年生の時に在籍していた学校になかなか登校できずに、私達の学園に転校してきました。最初の数週間を過ぎると、すっかり学校にも慣れ、毎日朝早くから夕方遅くまで勉強に取り組むようになり、3年生になってからは医学部受験を目標とし、日々の学習に益々力が入りました。現役合格は残念な結果でしたが、三浪までは頑張る覚悟だといって卒業しました。浪人1年目は学園や図書館で勉強し、2年目からは予備校での1日中の勉強に切り替え、夢に向かって努力を続けました。先の見えない不安に心が震える時もあったことでしょう。やってもやっても限りない勉強の量に心が折れそうになったこともあったでしょう。社会人として活躍する友を見て、取り残されていく寂しい思いもしたことでしょう。自分だけで頑張るしかない孤独感を感じたこともあったでしょう。でも時々私達に会う時の彼女は、平然と、そして堂々としていました。そして本当に3年の頑張りを経て、見事に合格を勝ち得たのです。大きな大きな拍手を贈りたいと思います。
 社会で何かを成し遂げた偉人、あるいはヒーローも同じように語っています。イチローは「今自分にできること、頑張ればできそうなこと、そういうことを積み重ねていかないと、遠くの大きな目標は近づいてこない。」と。アインシュタインは「私は天才ではない。ただ人より長くひとつのことと付き合ってきただけだ。」。19世紀のロシアの作家・思想家のメレジュコフスキーは「忍耐と努力、この二つさえあれば、この世でできないことはない。」と。孔子だって「我は生まれながらにして之を知る者にあらず。古を好み、敏にして以て之を求めたる者なり。(私を天才呼ばわりする人がいるが、私はそんなのを少しも賛辞と思っちゃいない。私は昔のことを愛好して、ただ一心にコツコツと勉強してきただけだ。)と、努力と精進の大切さを言っています。多くの天才と呼ばれる人達は、継続して努力してきたからこそ偉大な存在となることができたのでしょう。
 私達も、小さな事でもいいから、遠くを見据えて前進し続けたいものです。
    (平成25年4月23日 池内)




傘かしげ  

 最近、素敵な言葉に出会いました。「傘かしげ」。傘を差してすれ違う時に、相手に雨水がかからないように、傘を相手とは反対側に傾けるという「江戸しぐさ」の一つです。更に狭い裏長屋の路地などでは、傘をすぼめてすれ違ったそうです。威勢のいい啖呵が似合う江戸っ子達が、このように相手を思う心、譲り合い、思いやりの心で暮らしていたということに、新鮮な驚きを覚えました。
 気になって調べてみると、いくつもの「江戸しぐさ」がありました。
 道の真ん中を歩くのではなく、自分は道の3割を意識して歩き、7割は他人のために空けておくという「七三の道」。まず「ハイ」と返事して、謙虚に相手の言葉に耳を傾けようという「はいはいの修養」。自分の心をいつも豊かにするよう心がけるという「お心肥やし」。前向きに陽気に生きようという「陽に生きる」。年齢・職業・地位にとらわれるなという「三脱の教え」。約束した以上、命ある限り約束を果たすのが当たり前という「死んだら御免」。冷静になるまで待てという「夜明けの行灯」。その他「おはようにはおはよう」、「肩引き」、「こぶし腰うかせ」、「もったい大事」「念入れしぐさ」「逆らいしぐさ」、「半畳を入れる」、「おあいにく目つき」など、いくつもの「江戸しぐさ」と呼ばれるものがありました。
 これらの根底に流れる思想は「お互いが思いやりを持って生活していこう」というものでしょう。
 現代に生きる私達も、昔の江戸の人々に負けないよう、魅力的な人になるために、この「江戸しぐさ」をしっかりと身に着けたいものです。
    (平成25年3月21日 池内)



平成24年

時を刻む   

 寒さまっ只の中で終業式が終わり、生徒達は冬休みに入りました。
 さて、学園では生徒達が句作に取り組みます。俳句は時間の流れを感じ、周りの小さな変化に目を留め、言葉に敏感になり、自分の心と向き合います。高校生時代に俳句を作ったという経験を持ち、何時の日か生涯の趣味となる者もひょっとしたら出てくるかも・・・なんて思いながら。そして毎年いろいろな俳句大会に応募し、多数の生徒がよい結果を残しています。今年もそれに挑戦しました。生徒達が作った作品を何句か紹介します。

部屋籠もり読書の秋を言い訳に   友紀
一人闇耳をすませば秋の声      ゆかり
夕焼けが紅葉と合えば紅が増す   可菜
雨上がり夏の匂いを夢に見る     路人
何かしようそう思わせる秋の朝    晃史
青春だ叫び走れ夕焼けへ       梢
コスモスの海に囲まれ笑顔咲く    好
親心気付かぬうちに秋の空      一
夏の街久々に会う友の顔       光一朗
秋時雨肩を寄せ合う老夫婦      尚希
雷が大きく轟き空揺らぎ        宏樹
夏の雨人の和だけは流せない     薫子
母昼寝疲れ顔見て呼ぶのやめ    愛美
また明日友と別れて夕立が      麻愛
サングラス流れる社会遮断する    亞弓
虫の声聞こえ感じる時の音      健人
目覚ましは時計の音より蝉の声    留奈
初秋に見ながら惜しむ肌の色     雅也
かき氷悩みを溶かす食べ薬      成美
また明日夕立来たる別れ際      聖弥
耳で聴き肌で感じる夏の声       一
サングラスそれぞれ違う景色観    成美
夏服を着て図書館で本を読む     麻愛
夕立の不安に駆られ急ぎ足       真優
五月雨の土の匂いに朝来たる     路人
気が付けば沈み始める冬の暮     晃史
サングラス子供がかけてとんぼ顔   友紀
星月夜二人をつなぐメール愛      尚希
夢をみてふと目が覚める冬の朝   光一朗
雨すぎてとおくに見える秋のくも    聖弥

 如何でしょうか。全部紹介できないのが残念です。これらの俳句は学園の教室の壁面に飾られて、来校した方々に鑑賞していただいています。
   (平成24年12月25日 池内)




一生懸命   

 先日、卒業生の結婚式に参列してきました。26歳の福祉施設で働く介護士で、お嫁さんは綺麗な看護師さんでした。
 彼は、高校入学後すぐに退学し、音楽に夢中になったりしながらガソリンスタンドで仕事をしていました。そんな生活を2年ほどしている内に、ふと「このままでいいのだろうか」という自省の思いが湧いて、「高校は卒業しよう」という強い決心で、20歳の時に高校1年生として水前寺高等学園に入学してきました。
 水曜日だけが彼の休日でした。そのたった1日の休日に毎週登校しながら、レポートをしたり、授業を受けたりしました。勿論、授業料も自分で負担していました。1年、2年と進級する内に、最初は「続くまい」と子供の決意に半信半疑だったご両親も、「息子を見直した」と喜んでいらっしゃいました。
 23歳で卒業が目前になった時、学ぶことの大切さを知った彼は、大学に進学したいと思いました。試験は小論文です。1週間に1回の登校では間に合いません。私達が帰る時、課題のプリントを玄関の郵便受けに入れておきます。勤め帰りに彼が受け取り、夜に小論文を書きます。そして朝の出勤時にそれをポストに入れます。添削した論文と次の課題をポストに入れて、私達は帰ります。このやりとりを2ヶ月ほどして、彼は見事に合格をしました。
 大学での勉強や友人達との交流は、とても楽しかったそうです。定期的に学園に顔を出し、近況を報告してくれました。
 そして大きな福祉施設に就職が決まりました。お年寄りのお世話が毎日待っています。彼は言いました。「最初の1ヶ月は、正直言っておむつ替えは苦になりました。でも3ヶ月経った今は、おむつが汚れていると、『良かったねえ、気持ち良くなったでしょう』と心から言えるようになりました。」と。
 お嫁さんは同じガソリンスタンドで働く女性の友人のお嬢さんです。その女性が、彼と7年以上一緒に働き、彼を見込んで紹介された人です。とんとん拍子に話が進んで、結婚することになったということです。
 タキシード姿がビシッと決まった新郎は、「僕は運がいいんです。」と笑顔で語っていましたが、私はそうは思いません。彼が前向きに、一生懸命生きている姿が周りの人の心を打ち、物事が進んで行ったのだと思います。間違いなく彼は、自分の力で自分のより良き人生をしっかりとつかんだのだと信じます。
    (平成24年10月17日 池内)




紫陽花の頃  

 家々の庭先に紫陽花が色美しく咲く頃になりました。幾つもの「花弁」というか、正確には「萼」を眺めていると、生徒達一人ひとりの沢山の夢や希望が重なって見えてくるような気がします。花の色が変化していくように、彼らの夢が少しずつ実現へと向かっていくことを願いながら、教室に紫陽花を飾りました。
 紫陽花はもともと「あづさい」と呼ばれていたとか。「あづ」は「集まる」、「さ」は「真」、「い」は「藍」の略。つまり「本当の藍色が集まっている花」ということ。花言葉には「移り気、高慢、無情、自慢家、浮気、あなたは冷たい」などと、ちょっと花には可愛そうな言葉が続くので、いいのがないかと思って更に調べてみると「ひたむきな愛情、辛抱強い愛情、元気な女性」というものが出てきて一安心です。
 さて、その紫陽花に夢を膨らませていると、嬉しい来客が次から次にやって来ます。
 朝から、今春卒業し短大に進学した生徒のお母さんが、「娘が毎日弁当を持って、楽しい、楽しいと言って通学しています。先生方が心配されていると思ったので、報告に来ました。」と。昼には専門学校に進学した生徒の母親が「子供には内緒で来ました。毎日学校に通っています。嬉しくて報告に来ました。子供には来たことは言わないでください。」と。そしたらなんと次の日に、その男子卒業生が訪ねてきました。「勉強は難しいけど、頑張っています。友達も少しですが出来ました。まだまだ人付き合いが苦手ですが。」と、本人が思っている以上に雄弁に、学校生活を報告してくれました。勿論、前日に母親が来たこと、様子を聞いていることは言いませんでしたが。
 大分県の大学に進学した生徒が、「試験休みで帰ってきました。」と、お土産持参で来校です。一回り身が引き締まった精悍な顔立ちで、明るい笑顔、爽やかな語り口に「とても元気で過ごしているみたいね。」と言うと、「前はそんなに暗かったですか。」という返事。「いやいや、前は普通だったけど、今はとっても生き生きと見えるよ。」と言って笑い合いました。「学生はお金がないから、もうお土産はいらないよ。あなたが来るのがお土産だがら。」と、次の来訪を期待して別れました。
 また、別の生徒は、専門学校の授業が早く終わった日には、学園で時間を過ごしていきます。プリントの整理や力仕事も手伝ってくれます。
 昨日は、1歳半の子供を抱いた2人目妊娠6ヶ月の卒業生が、おむつ袋持参でやって来ました。小さな子供に、生徒達が大喜びです。勉強の手を休めてみんなが「可愛い、可愛い。」と、集まって、頭をなでたり手を触ったり。子供の方も沢山のお姉ちゃん、お兄ちゃんに囲まれて嬉しそうでした。
 毎日、何だかこころが「ほわり」となる出来事がたくさんあります。いい仕事を自分たちはしているのだなあと思う瞬間です。縁あって出会えた生徒達です。「生徒は、生徒ではなく、親戚の子供と思おう。おはようございます、と生徒が登校してきたら、親戚の子が遊びに来たと思おう。」と、いつも思っています。これからも親戚の輪がどんどん広がり、紫陽花の花のようにこんもりと大きな力になっていくことを思いながら、花を見つめています。
                            
紫陽花や藪を小庭の別座敷         芭蕉
紫陽花や末一色になりにけり         一茶
紫陽花やはなだにかはるきのふけふ    子規
    (平成24年6月12日 池内)




さくらの日  

 今、桜の花が満開で、街行く人々の顔もなんだか明るく輝いているようです。桜の花はどうしてこのように私達の心を魅了するのでしょうか。
 その桜に誘われたように、今、学園は千客万来で賑わっています。
 「今日は入学式でした。」と3年前の卒業生がお父さんと一緒にきりっとしたスーツ姿で挨拶に来ました。昨年、秋風が吹き始めた頃、「自分が今まで生きてきた中で、初めてこれを学びたいというものに出会った。自動車の専門学校に行きたい。」と言って久しぶりに訪れた所から彼の物語が始まりました。正社員として働いていましたので、週一日休みの日に受験勉強に学園に通ってきました。久しぶりの数学や国語の勉強は大変だったようですが、帰りには宿題のプリントをいっぱい持って行くような取り組みでした。「学費は奨学金と学費ローンを組んで自分でやります。」と言う彼の横で嬉しそうなお父さん。並んだ二人はまるで長男と末っ子の兄弟のようでした。
 「卒業しました。就職も大きな病院に決まりました。」とバイトのお金で買ったクッキーを持って訪ねてきたのはNさん。彼女は大学在学中も定期的に近況報告にやって来ていました。大学院に進学するか、就職をするかずいぶん迷っていましたが、「学んだことを現場で活かしたい。」と就職を決めたようです。自分の苦しかった経験を活かして、きっと患者さんに寄り添える医療の専門家になってくれることでしょう。
 「赤ちゃんが生まれました。」と二ヶ月の女の子を連れてきた卒業生。「今、八ヶ月です。早くお腹の中の赤ちゃんと会いたい。幼なじみの夫は、とても優しいです。」とふっくらとした顔で話す卒業生。「短大の卒業式でした。就職も決まりました。有り難うございました。」と報告される母親と娘。「無事に進級しました。」と鹿児島からの帰省中に元気な顔を見せに来る男の子。「昨日、入学式をすませて来ました。」と挨拶に来られた県外の大学に進学した生徒の御両親。「先生、彼女ができました。大学の方も順調です。3年生になりました。」と女の子を連れて遊びにきた男子生徒。彼女は聡明そうで、とても感じのいい女の子でした。
 皆に、それぞれの素敵な時間が流れているようです。いろいろな事情を抱えて学園に入学し卒業していった生徒達でしたが、今、逞しく明るく生きている姿から、自分の人生を確実に、力強く歩んでいることが感じられました。
 そしてそんな彼らの姿から、元気、勇気、やる気などの沢山のものを受け取りました。大きな大きなプレゼントを貰ったようです。
 今日は桜の花と卒業生達が、私の心をとても幸せな気持ちにしてくれます。
     (平成24年4月3日 池内)




降る雪  

 今日は2月2日。立春を前にして、私達の街では今冬2度目、今年初めての雪が降っています。
 降る雪を眺めながら、暖かい暖房のきいた部屋で「今日は寒いね。寒いね。」と言っていると、その雪の中を生徒達が登校してきます。
 私達の学校は通信制なので、週に1、2日登校すればいいのですが、生徒達は冬になっても、私達の予想をいい意味で裏切ってくれました。県北の荒尾からJR、市電と乗り換えて片道2時間かけて登校してくる生徒、天草から1時間半かけて毎日登校する女生徒、市外の遠方から自転車を1時間走らせて頬を真っ赤に染めて登校する生徒・・・そんな生徒達を見ていると、私達が教師として日々の指導をしているというより、生徒達に多くのことを教えられているのだなあとつくづく感じます。
 昨日、卒業生がもうすぐ1歳という子供を連れて、学園に遊びに来ました。彼女は21歳という若いお母さんになっていました。高校生の頃は、どちらかというと登校促しに手がかかったり、「きつい。面倒くさい。」という言葉が多く、それをいつも注意していた生徒でした。19歳で卒業し、ある時街中でばったりあったら、「今度結婚するんです。子供も生まれます。」と嬉しそうな笑顔で語ってくれました。そしてある日「子供です。」と、生まれて10日目の赤ちゃんを抱いて来校しました。体重が4キロ、身長が50センチを越すジャンボ赤ちゃんでしたが、出産直後の若いママは、元気はつらつでした。そして1ヶ月後にはご主人も一緒に来校されました。「おじさんだから。」と彼女がよく言っていた彼は、対面すると想像に反し、今風のイケメンの30歳でした。夫に自分の卒業した学校を見せたかったのと、ご主人を私達に会わせたかったみたいでした。そして今回は、あと1週間で1歳になる子供の成長を見て欲しいと、大きなママバックを肩にして、子供を抱き、市電に乗り、大変な思いをして来てくれたのでした。
 やがて、今降っている雪はやむでしょう。時間はあっという間に過ぎて行きます。あのちょっとやんちゃだった彼女は、妻となり、母となり、自分の人生を紡いでいきます。きっと過去には、激しい雨の日も辛い冬の日もあったでしょうが。
 
 我が背子に見せむと思ひし梅の花それとも見えず雪の降れれば           山部赤人
 雪降れば木ごとに花ぞさきにけるいづれを梅とわきてをらまし           紀貫之
 君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪はふりつつ            光孝天皇
 駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ            藤原定家
 これがまあつひのすみかか雪五尺 
                   小林一茶
 いくたびも雪の深さを尋ねけり    
                   正岡子規
   
 先人達も、雪を眺め、雪に心を動かされました。
 この世に生を受け、限られた時間を生きる命ならば、キリッと覚悟して生きたいものだ、などと雪を眺めながら、思いに耽っています。
    (平成24年2月2日 池内)



平成23年

「瓢箪・ヘチマ・ゴーヤ」  

 今夏の、誰もが意識した節電ということで、我が家も話題の「緑のカーテン」に挑戦し、ゴーヤを植えてみました。「少し伸びた時に摘芯をすると、横に茂るから」、「沖縄のが苦くなくていいから」などという周りのアドバイスを受けながらの挑戦でした。
 梅雨前に植えた苗はみるみる生長し、真夏の太陽がギラギラとまぶしい頃には、すっかりテラスを覆っていました。黄色い花がつき、所々に赤ちゃんの小指よりも小さいゴーヤがなりました。子どもゴーヤは日ごとにぐんぐん大きくなります。私の楽しみは、毎朝目覚めるなり、葉っぱをかき分け、ゴーヤの数を数えることになりました。また黄色の花の匂いでしょうか、何か夏を思わせる懐かしい香りが庭に満ちています。
 その香りに誘われ、忘れていた子どもの頃の夏が蘇ってきました。
 私の祖父は座敷、縁側と続く部屋の前に夏になるといつも瓢箪を植えていました。「緑のカーテン」などというオシャレな言葉はなかったけれど、扇風機も、勿論、クーラーもなかった時代の暑さよけだったのでしょう。秋が来る頃には、収穫した瓢箪を乾かし、中身を取り出し、磨き、置物を作っていました。「じいちゃん」と小学生の私が呼びかけていた祖父の、その年齢に自分がさしかかっている今、「瓢箪の数を数えたり、置物を作ったりするのは、楽しい遊びの時間だったのかもしれない」と、祖父の心に少し触れたような気がします。
 祖父が亡くなり、今度は父が同じ場所にヘチマを植え出しました。一家に一台の扇風機の時代でした。風が吹くと風鈴の音に合わせて、大きなヘチマがぶらぶらと揺れます。ヘチマは、子どもの口にはあまりおいしいものではありませんでしたが、毎朝の味噌汁の材料にもなりました。やがて夏が終わる頃、一家総出で刈り取りです。ヘチマは干してお風呂の洗いタオルに、そして茎から出る液は、空いた醤油の瓶につめて家族の一年間の化粧水になります。一日がかりの汗だくの刈り取りでした。父も母も生きていて、兄弟が揃っていた懐かしい光景です。
 そして今は、私がゴーヤと一緒に夏を楽しんでいます。さて、次の世代は、誰が何を植えるのでしょうか。
    (平成23年8月27日 池内)




「雨・雨・雨」  

 梅雨に入り、雨が降ったりやんだりしています。雨音に耳を傾けていると、ある時は軽やかに明るく、ある時は激しく、ある時はしっとりと語りかけるように聞こえます。
 そして考えてみると、それは自分の心の状態と比例しているようです。心が穏やかでゆったりしていると、どんなに激しい雨音も優しく響くし、反対に、心がくつろいでいないと、小さな雨音でも尖って聞こえるようです。
 せっかくなら、ロマンチックな自然の音楽を楽しみたいから、豊かなおおらかな心でいたいもの・・・・・。そんなことを、ガラスについた水滴を見ながら思いました。
 さて、その雨には、驚くほどの数の名前があることを知りました。
 季節によって「春雨」、「菜種梅雨」、「五月雨」、「走り梅雨」、「緑雨」、「麦雨」、「秋雨」、「液雨」、「寒九の雨」、「氷雨」・・・。降り方によっては「霧雨」、「小糠雨」、「細雨」、「時雨」、「村雨」、「片時雨」、「涙雨」・・・、その他、「私雨」、「外待雨」、「甘雨」、「瑞雨」、「翠雨」、5月5日の「薬降る」、旧暦5月28日に降る「虎が雨」、春雨と梅雨の中間頃の「卯の花腐し」、「催涙雨」、「養花雨」、「育花雨」、「草の雨」、「鬼雨」「猫毛雨」・・・まだまだ際限なくあるようです。
 昨日、今日のような梅雨の長雨は、ちょっぴり困るけれど、雨は命の源です。一滴の雨粒が大地を潤し、草木を育て、長い年月をかけ、また天に上っていきます。絶えることのない水の命の連鎖が、全ての命を生み出しています。人間の体も役60%から65パーセントが水でできているとか。胎児に至っては体重の約90%が水だそうです。まさに水は命の源。
 その水について、以前、ある紙面でいい話を目にしました。
 水俣の寒川水源は、地域婦人会の「そうめん流し」で知られています。その始まりは昭和36年だそうです。当時、市街地から遠く離れた寒川水源の道路は、狭い砂利道だけでした。地域のお母さん達は「子供が転んでも危なくない道が欲しい。」と思い、「そうめん流し」をし、得た利益で道を造ろうと決心し、地域全体でその取り組みを始めたそうです。一年目に100メートルのコンクリート舗装道路が出来、2年目、3年目と道路が伸び続けると同時に、寒川の「そうめん流し」は水俣の観光名物になりました。お母さん達の子を思う思いが、大きな大きなエネルギーとなりました。やはりこれも、水の大きな命の連鎖で
しょうか。
 今、私の耳には、優しい雨音が聞こえています。
    (平成23年6月23日 池内)




「3月3日」  

 少しずつ少しずつ春が近づいて、今日は3月3日。ひな祭りです。教室で小さなおひな様を飾って祝いました。
 今、学園は、学年の締めくくり間近で、生徒達は学習の仕上げに頑張っています。遠くから自転車を漕ぎ、冷たくなった手、寒風で赤くなった頬を見ると、「本当によく来たね。」と、それだけで1時間ぶんの授業に相当すると、褒めてやりたくなります。
 そして今日は「耳の日」でもあります。この日になると思い出す話があります。
 以前、テレビを見ていた時、ある若い野球選手がイチロー選手について語っていました。キャンプを一緒に過ごした感想で、「イチロー投手は耳が大きい。」と。大きいというのは物理的なことではなく、人の話に謙虚に耳を傾けるということでした。あれだけの成績を残し、世界に通用する人でありながら、どんな人の話でも一生懸命聞くそうです。その姿勢が彼をあれだけの大物にしているのかも知れません。
 これも以前のことですが、新聞に掲載されていた和田アキ子さんの文を読みました。彼女が歌手としての頂点にあった頃、ドラマ出演の話があったそうです。傲慢になっていた彼女は、撮影に遅刻しました。その時、山岡久乃さんが、皆の前でこっぴどく叱りました。次の日、アキ子さんが遅刻しないように朝6時に行くと、山岡さんが味噌汁、ご飯の朝食を手作りして待っていたそうです。そして「あなたは愛情に餓えているのよ。これを食べなさい。」と言ったそうです。それ以来アキ子さんは遅刻をしたことがなく、誰よりも早く現場に入っているとか。叱った後、心づくしの食事を準備した山岡さんも立派だし、それをしっかり受け止めたアキ子さんも賢いと、感心しました。
 私も、教室で耳をすましてみました。生徒達が、車のことを話しています。マークUやスカイラインまではついて行きましたが、あとは私の知らない名前の車ばかりです。何とか会話に参加しました。お陰で今まで知らなかったいくつかの名前を覚えました。別の場所では、アルバイトの時給の話が弾んでいました。「2円高い」とか「7円安い」とかの話に、思わず私が、「1時間で2円の違いでしょ。たいして変わらないよ。」と言うと、「何を言うんですか。1時間に2円は、10時間で20円だし、100時間で2百円でしょ。何ヶ月も勤めると、給料は随分違うんです。」と、叱られてしまいました。そして、なるほどと納得させられましたし、反省もしました。
 耳が大きいっていいなあと感じた出来事でした。
    (平成23年3月3日 池内)




「今こそ」  

 桜の開花が待たれる頃となりました。
 2月1日、出水平野で越冬していたツルが、シベリアへ戻る北帰行を初めたそうです。第一陣はマナヅル4羽。今季は、1万3006羽が飛来していて、3月下旬までに、順次帰って行くそうです。みんな一斉に飛び立ちはしません。準備が整い、「よし、長旅に耐える自信がついた」というものから、それぞれのペースで飛び立つのでしょう。
 子ども達も、同じではないでしょうか。親とも違う、兄弟とも違う、隣のあの子とも違う「自分自身のスピード」で、皆、少しずつ成長、進化しているのでしょう。親や教師、周りのものは、機が熟するのをそっと見守り、待ちたいものです。
 「そっ啄」という言葉があります。「そつ(くちへんに卒)」は卵の内側にいる雛が「殻から抜け出たい」と声を上げること、「啄」は、親鳥が殻をつついて雛の出るのを助けるということです。そこから、「そっ啄」は「今こそという絶好の機会。両者の気運がまさに一致する」という意味で用います。
 雛の準備が整って初めて、親は手助けできるのです。親には「待つ」というとても大切な愛情の形があります。いろいろ言いたい時でも、「ちょっと待て」と、親自身が、自分に言い聞かせねばならないことも、きっとあるのでしょう。
 今の時期には、卒業生がよく、上級学校受験の為に学園にやって来ます。高校卒業の時には上級学校への進学を勧めても、耳を貸さなかった生徒達が、1年、2年して、「やはり資格を取ろう」と決意して相談に来ます。
 今年も、3年前の卒業生がやって来ました。専門学校受験のため、12月から1月いっぱい、数学の勉強に通ってき、見事に合格を果たしました。彼にとっては、「今」が出発の時期だったのでしょう。大喜びの彼の顔を見ていると、その喜びに立ち会えた私達も、とても幸せな気持ちになりました。
 2年前の卒業生も、逞しい顔になって帰ってきました。彼は3年生の時、願書や調査書まで準備したのに、経済的な理由から進学を断念しました。「1年間働いて、お金を貯めてから進学します」と言って、卒業していきました。そして2年経った今月、「予定より少し時間がかかったけど」と言って受験手続きにやって来、デザイナーという夢に向かって最初の一歩を踏み出しました。
 もうすぐ30名の卒業生がこの学園から巣立っていきます。3月19日の卒業式は、きっと明るい笑顔の、満開の花が咲くことでしょう。
    (平成23年2月9日 池内)



平成22年

「温かな文化祭」    

 10月30日(土)に、水前寺高等学園にとって2回目となる文化祭を開催しました。
 テーマは「探究」です。故郷熊本のこと、自分のこと、世界のこと・・・・いろいろ探究しようということです。
 熊本城の貼り絵や、加藤清正・熊本県の地理・熊本弁の壁新聞、からじ君とれんこちゃん(からしれんこん)のキャラクターなどの中に、生徒達の書道、絵画、俳句などの作品が展示されました。
 1階はオープンカフェ「学園カフェ」と生活用品バザーでした。2階はアクセサリー作りの体験ができる「学園ガールズコレクション」と写真・俳句の展示、そして3階はお茶体験ができる「悠水庵」とメイン展示会場でした。
 1ヶ月前から始まった準備は、自分が出来る時に、自分が出来る部分に参加するという形で進めました。赤や黄色の花を毎日、毎日作りました。貼り絵は気の遠くなるほど時間のかかる作業でした。でもそれは楽しい語らいの時間でもありました。
 文化祭当日は、てるてる坊主の効力か、心配していた台風も学園をよけてくれました。
 生徒達も自分の持ち場で頑張りました。保護者の方も一般の方も沢山来てくださいました。そして卒業生や卒業生の保護者の方も、多数来てくださいました。「お世話になった学校ですから」という卒業生。「子どもの近況報告がてらに来ました」という保護者。バザーへの品物提供をしてくださったり、おやつの差し入れまでしてくださった方もいらっしゃいました。
 後片付けは大変でしたが、多数の生徒が自主的に残ってくれましたし、卒業生達も最後まで手伝ってくれました。
 行事を計画・実施するのは大変ですが、こんなに温かい思いが会場一杯に満ちた一日を持つことができて、とても幸せな気持ちになりました。
 そして改めて、この学園が目指している「人と人との連帯」を感じた一日でした。
  (平成22年11月17日 池内)




「思い出の向日葵」  

 例年にない猛暑の中、我が家の庭にはたくさんの向日葵の花が咲いています。夏の日差しの中で、ぐいと背筋を伸ばし、堂々と咲く向日葵の花が、私は大好きです。今年こそは、向日葵畑のような庭にしようと、春を過ぎた頃、両手一杯の種を蒔きました。小さな芽が出て、毎日毎日、ぐんぐんと背が伸びました。朝出かける時に見た姿と、夕方帰って眺める姿は、まるで別もののようで、マジックさながらです。その生命力に感動し、これが、人々が向日葵を愛する理由かとも思いました。
 向日葵の花は、私の過去の日々にも咲いています。
 中学3年生の夏休み、入・退院を繰り返していた母が亡くなりました。小学生の妹と並んで臨んだ母の葬儀。耳には激しい蝉の鳴き声と読経。そしてたくさんの弔問客の向こうに、大きな大きな向日葵の花が見えました。無常観というものを、初めて感じた時だったでしょうか。
 19歳の夏、大学浪人の予備校通いの日々にも、向日葵の花がありました。どこにも属していないはぐれ者の孤独と、先の見えない不安に自信をなくそうとする時、向日葵に見つめられて勇気を貰いました。
 25歳の夏は、生まれてくる我が子への期待と、出産の恐怖を感じながら、初めて住む海辺の町で過ごしていました。つわりの苦しみ、切迫流産の危険の後に巡り会えた我が子は、まるで天使のようでした。かわいらしい小さな手と、大きな向日葵の花のそばで、命の連鎖を思い、限りない幸せを感じました。
 教師となり、進学クラスの担任であった夏休み、クラス全員で一緒に勉強しようと計画しました。生徒達は、照りつける太陽の下を、毎日教室に集まり、自学自習の受験勉強です。学べば学ぶほど、学問の底の深さに愕然とする日々。刻々と過ぎる時間。歯を食いしばり、隣の友人の鉛筆のサラサラという音、辞書をめくる音に励まされ頑張っている生徒達のために、私が出来たことは、活力カラーの黄色の花、向日葵を飾り、そっとエールを送ることぐらいでした。今、彼女たちの多くは、母となっています。自分の子供達に、あの夏の頑張りはきっと自慢できることでしょう。
 今年の向日葵は、旧知の友に会えたような、格別なうれしい、懐かしい思いにさせてくれます。
 大輪の花が、来年も、再来年も、きつと私の夏を彩ってくれることでしょう。
    (平成22年8月19日
 池内)




「うれしい時間」  

 夏のギラギラした太陽が、私達に元気を運んでくれるような、そんな感じがする頃となりました。
 学園では7月16日に終業式を行い、生徒達は夏休みに入りました。4月の始業式・入学式から、アッという間の1学期間だったような気がしますが、学期中に嬉しいことがたくさんありました。そのうちの3つをご紹介します。
 一つ目は生徒達の出席状況がとても良くなったことです。職員による朝の掃除が終わるか終わらないかという時間から、数人の生徒が登校してきます。精勤賞ねらいで欠席なく登校する生徒も増えました。出席率がいいと、授業も充実しますし、いろいろな行事を計画することが出来ます。次は何をしようかと、アンテナを張って頭を巡らせる楽しみが増えました。
 学園は、玄関で靴を脱ぐ式になっていますが、その脱いだ靴が方向を変え、隅から綺麗に並べられ、とても整然と揃えられています。以前は、生徒達が二階教室に上がってきた後、1日に何回も下まで降りて、脱いだ靴を揃え直していました。何も言わずに、そんなことを長い間続けていましたが、最近はいつ降りても、ほとんど整理しなくていい状態です。「脱いだ靴は揃えるもの」ということを、自分達で修得してくれたのでしょう。小さなことかもしれませんが、やはりとても大切な大きなことだと思います。密かにうれしがっていたのですが、黙っていられなくて、ご紹介した次第です。これが二つ目です。
 そして、三つ目はいつも卒業生の誰かが遊びに来ていることです。
 2年前の卒業生は、1年間のアルバイトの後大学進学を志し、予備校に通い始めました。予備校の授業のない日は学園に勉強に来ています。在校中は少しやんちゃでお母さんと共に心配した生徒でしたが、機が熟して勉学に目覚めたのでしょう。
 保育士になる勉強中の生徒は「時々、学園に来た方が落ちつくから」と、始業前に訪問してくれます。
 短大で学んでいる生徒は授業の空き時間を過ごす場所として図書館がわりに学園に登校し、後輩達に気配りし優しく話しかけています。
 学園卒業後、専門学校に進学し、今は美容師の卵の男子生徒は「白髪染めのモデルになって下さい」などと言って来ます。彼もすっかり美容師らしく格好いい若者になっています。
 このように、いつも誰かが水前寺高等学園を母校とし、実家に里帰りするように帰って来てくれます。学園の「人の輪」が少しずつ、少しずつ大きくなっていっているのを実感します。
 うれしい時間が、たくさん流れた1学期でした。
    (平成22年7月28日 池内





 「待つということ」    

 先日、カンボジアでの、地雷探知犬の訓練の様をテレビで見ました。
 カンボシアは、1970年から30年間もの間、内戦が続き、政府軍や紛争派が600万個以上の地雷を埋設しました。今でも、世界では毎日16人、90分間に1人が亡くなったり、手足を吹き飛ばされたりしているそうです。カンボジアでは約5万人の地雷被害者が暮らしています。
 その地雷除去のために、カンボジアでは地雷探知犬を海外から輸入していますが、とても高価です。そのため自国で地雷探知犬を育成したいと、その取り組みが始まりました。 
 子犬が生まれ、三段階の試験を合格した犬が、最終的に訓練を受けます。その一匹の犬の名前が「アター」、訓練士が「ボンティンさん」。アターはとてもせっかちで、地雷を見つけても伏せの姿勢を取らず、さっさと前に進みます。
ボンティンさんは、自分の思うテンポに犬を合わせさせるのではなく、人間が犬のテンポに合わせるのが大切と、何があってもアターを叱りません。「アターがせっかちなのは、地雷を探すのが好きだから、夢中になってしまうのだ」、「強く叱れば、アターは好きなことも嫌いになってしまう」と、地雷を見つけた時、褒めるだけです。アターの長所だけを褒めながら、来る日も来る日も訓練を続けていると、やがてアターに落ち着きが出てきました。訓練4ヶ月、試験では、見事に全ての地雷を発見し、カンボジア生まれの地雷探知犬第一号が誕生し、この国に生きる人の未来を守る存在となりました。
 この番組を見ながら、私達の子育て、教育についても、「やはりそうなんだ」と大きく頷かされました。
 待つのは、とても大変です。手を出して手伝った方が、早く終わります。イライラを、叱るという行為で外に出した方が、よっぽど自分自身は楽になります。
でもそれは、子供達の好きなものを奪い、嫌いなものを作っていくことになるのだと改めて学びました。
 水前寺高等学園では、「学校」という「枠」に生徒を合わせさせるのではなく、その「生徒」の「ものさし」に合わせた指導、学校でありたいと思っていますが、益々その感を強くしました。心を広く持ち、ゆったり、ゆっくり、気長に・・・気長に・・・。
    (平成22年6月17日 池内)





「麦の秋」    

 先日、高速バスを利用して、少しだけの遠出をしました。自分で運転しない移動は、車窓の景色をゆっくり堪能することができました。
 新緑が朝日にキラキラ輝く風景の中、黄金色の麦畑が、遙か遠くまで続いています。四角い畑の畦は、どこまでも直線を保ち、乱れは一切みられません。仕事をしている人の姿は、何処を見渡しても一切ありませんが、この見事に整然とした田を見れば、たずさわる人々の弛まぬ労働が偲ばれます。
 暑い日照りの中で畑を耕し、種を蒔き、寒さの中で手を入れ、草を取り、その結果この見事な黄金色の絨毯が出来上がったのでしょう。誰からの指示でもなく、何かの義務でもなく、自分の心と体で決定したスケジュールに則っての、区切れることのない一年間の労働の結果が、誇らしく輝いています。どこかの部分をちょっぴり省略したり、ほんの少しの骨惜しみをしたら、この結果は出せなかったでしょう。痛い腰をさすりながら草取りをしても、別に誰がほめてくれるのでもありません。頑張っているのを知っているのは、自分だけです。流した汗が目にしみても、誰も痛くもないし、気付きもしてくれないでしょう。分かっているのは自分だけです。
 そんなことを考えていると、自分達の教師という仕事と重なって来ます。
教師は生徒達の一年後、二年後、三年後あるいはもっと先を思い、日々の指導に当たります。
思いが、なかなか伝わらない時だってあります。大切な個人的な用件をキャンセルして、面接の時間を工面することだってあります。でも、それを知っているのは自分だけです。自分の思う所に向かって精一杯1日を送ります。休みのない365日があります。
 時が熟せば、生徒達は卒業証書を手にして、巣立っていきます。流した汗や一生懸命努力したことは、自分が分かっていればいいのです。黄金色に輝く麦の穂のように、笑顔一杯で未来に向かって歩んでいく若者を、この学舎から送り出せたという「実り」を手に入れることができるのですから。
 そんなことを思い、その日に向かって、心を込めて、生徒達を信じ、受け入れ、共感し、励まし、慈しみ・・・。また、歩き続ける勇気を得たバスの旅でした。
     麦の秋過去へと誘ふ田のうねり
     釣り人の糸は動かず麦の秋
     川面揺れこころも揺れる麦の秋
               (洋子詠)
    (平成22年5月18日 池内)





 「母というもの」   

 テレビで、動物園の飼育係が、母親を亡くした猿の赤ちゃんを我が子のように育てている様子を見ました。母猿が子猿を抱いてとても高い木に登っている時、足を滑らせて落下しました。母猿は、赤ん坊を守る為、地面に着くまでの数秒間に必死で体勢を立て直し、背中を地面に打ち当てました。背骨からたたきつけられた母猿は死に、母のお腹をクッションにした赤ん坊は、無傷でした。母親は命をかけて、子供を守りました。
 米国シカゴ郊外のブルックフィールド動物園での出来事です。ゴリラの囲いの中に、三歳の子供が落ちました。見ていた誰もが子供の命が奪われると思いましたが、ゴリラは意識のない子供を抱き抱えて、飼育係が出入りする入り口まで運んだそうです。このゴリラは、自身も赤ちゃんを持つ母ゴリラでした。
 次は繁殖のため、熊本の動物園から高知県の動物園に行ったメスのチンパンジー、サンゴ(33歳)の話です。人間で言えば40代後半に当たるそうですが、彼女はオスのダイヤとメスのサクラの双子の赤ちゃんを出産しました。国内の半分ぐらいのチンパンジーが、育児放棄をすると言われているため、園では育児をサンゴに任せるか、人間が保育するかを考えましたが、双子をしっかりお腹に抱えているサンゴを見て、飼育係の人はサンゴに任せようと決心したそうです。チンパンジーの子育てはとても大変です。3ヶ月間は24時間抱きっぱなしです。授乳は4年間です。今ではコユキという育児の手助けをする友達も出来て、ダイヤとサクラは元気に育っているそうです。
 小さな命を思う母の気持ちは、人間も動物も同じだと心を打たれました。 次はマリコちゃん、3歳の女の子の話です。お母さんが、何か大変なことがあって泣いていました。それを見たマリコちゃんは持っていたおせんべいを半分に割って差し出し、言いました。「半分こにすると、悲しくなくなるからね。」お母さんの悲しみを半分ずつにしましょうと言っているのでしょうか。
 もうすぐ「母の日」です。
 我が子が生まれてきたあの日、生まれてきたあの瞬間に思いを馳せてみるのもいいかもしれません。ちょっびりいつもより子供がいとおしくなるかもしれません。
    (平成22年4月20日 池内)





「門出」   

 先日卒業した数人の生徒が、それぞれ進学した学校の入学式帰りに、学園に寄ってくれました。数日前とは髪型や髪の色が変わったり、スーツ姿が決まって、なかなか格好良かったり・・・。すっかり大学生や専門学校生になっていました。顔まできりりと引き締まって、大人びて見えます。輝く笑顔を見ながら、この出発が素敵な門出となること、幸せな門出となることを祈りたくなります。こんな時、教師であることの喜びを、しみじみと感じます。教師になって良かった、教師で良かったと、自分の選択した人生に拍手を送りたくなります。
 私の教師人生は、29歳で教生に行き、教育免許を取得するという、人よりもかなり遅い出発でした。
 20代半ば、我が子の成長を見ていて、ある日、私は愕然としました。子供は1日、1日成長していきます。昨日は歩けなかった子が、今日は歩けます。昨日は生えていなかった歯が、今日は生えています。昨日はしゃべれなかった言葉を、今日は話します。それに比べて、私は、昨日と同じです。やがて子供は10歳、20歳と成長していきます。その時、白髪としわが増えただけの50代、60代の私がいるのかと思うと、ぞっとしました。自分も少しずつでも時間と共に成長したいし、社会参加もしたいと、強く望みました。そこで、日々、生徒と共に成長していけるであろう学校という環境に身を置きたいと願い、大学に戻り、教職課程を勉強し、教師となることが出来ました。
 それから、沢山の生徒との出会いがありました。学業はこちらが指導者でしたが、健康に素直に、健気に生きる生徒達の姿から、沢山のことを学びました。「若いって素敵だなあ。人間っていいなあ。」と生徒に教えられました。
 私は国語の教師ですから、奈良時代や平安時代に生きた人々の感動、遠い中国の人々の思想・歴史、私達と同時代に生きる人々からのメッセージ・提案を、生徒と一緒に、読み味わいました。
 教師生活で良かったことは、国語という教科が、生徒の心に一番近づける教科だったことです。それと同時に、教師であったために、一人では読まなかったであろう様々な作品を読み、自分自身が豊かになれたことです。60代になった私は、確かに白髪としわが増えたけれど、沢山の感動と思い出も得ることが出来ました。「時間の流れ」を自分なりに素敵に過ごすことが出来ました。
 これからも沢山の新しい感動を得るために、学園での日々を大切にしていきたいと思っています。
 生徒の門出の日に、自分の若い日の門出が重なった1日でした。
    (平成22年4月7日 池内)





 「頑張れ」  

 春を感じさせるような明るい光に、心までウキウキするような頃になりました。
 21年度もやがて終わり、それぞれの生徒が卒業、進級を迎えます。一回りずつ、体も心も大きく成長した手応えを実感し、とても嬉しく思っています。
 この季節になると、卒業生がよく学園を訪れます。  4年前に卒業し、中国の語学学校に進学した男子生徒は、中国語をマスターした後、そのまま中国に残っています。今は、北京にある居酒屋の店長として活躍しているそうです。久しぶりの帰国で、立派な名刺を持って、どこよりも先に学園を訪問してくれました。
 1年半前の卒業後、建設業に携わっていた生徒は、自動車に興味がありました。将来を考え、資格を取りたいので専門学校に行きたいと、学園に相談に訪れました。入試科目は数学、作文、面接で、試験まで1ヶ月半しかありませんでした。毎日学園に登校し、数学を1から勉強する気持ちがあるなら引き受けましょうと返事をしました。そしたら本当に、毎日朝から夕方5時まで勉強に通い、昼食時間以外は、ずっと個別の数学指導で頑張りました。作文や面接の練習を何回も何回もして見事に合格を勝ち取りました。「今までの人生の中で一番勉強した」と彼は言っていました。父親も子供を見直したと笑っていらっしゃいました。
 1年前に卒業し、阿蘇小国の旅館に就職していた生徒は、福祉関係の資格を身につけたいと、進学の相談に来ました。面談の結果、福岡の専門学校を受験しました。今はこの春からの学生生活に夢を膨らませています。
 学園大に進学した女子生徒は、ブライダル関係の会社に就職が決まった、4年間の大学生生活はとても楽しく充実していたと、目をキラキラさせながら報告に来ました。
 アルバイト生活を1年経験した後、好きな絵の勉強をし、美術の先生か学芸員を目指したいと、大阪の芸術大学に進学する生徒もいます。
 西日本短大に進学した生徒は、すっかり福岡の生活に慣れ、バイトと学業を両立させているようです。元気な笑顔で、学問のおもしろさが分かったので、来年は大学への編入を考えているのだと語りました。
 このように、自分の力で高校卒業という夢を実現した卒業生達が、更なる夢に向かって進んで行く姿を嬉しく思い、また感動し、彼女、彼らのがんばりを心から応援したいと思います。
 今年も3月20日に33名の生徒が、大海に船出をします。幸多かれと祈り、心より祝福をしたいと思います。
     (平成22年2月18日 池内)





「共生の思想」  

 この冬の朝の冷気の中に立っていると、10年ほど前、ドイツを訪れた 時のことを懐かしく思い出します。その時は、文部省教員海外派遣団 員として、ドイツの教育事情視察・研修に参加させていただいたもの です。異国で学び、感じた「思い」を残しておきたいと思い、文にしました。
 成田から数時間で、シベリアの空を飛ぶ。凍りついた雪をかぶった猛々しい山々が、行けども行けども続く。天地が出来上がった時の褶曲をそのまま刻んだ大自然が、はるか眼下に広がる。動くものは一切ない。生命の存在が全く感じられない静寂の世界を眺めていると、造物主の存在を信じたくなるし、自然の厳しさ、人間のはかなさをしみじみと感じる。
 フランクフルトを経由してミュンヘンに着いた。長旅で疲れた身がミュンヘンの街で癒される。この優しさは何だろうと考える。
 美しい黄色の街路樹が、異国に来たことを感じさせる。街路樹は必ず植えることになっているそうだ。家並みは高さが22メートルと決められ、街に広告は一切見られない。ゴミの分別回収が進み、リサイクルで環境保全がなされている。このようにドイツでは、自然との調和に細心の注意が払われている。 
 ドイツの自然は厳しい。朝7時過ぎでもあたりは暗く、午後4時には夕闇が訪れ、日照時間は短い。気温も10月だというのに、頬が冷気で痛い。真冬の寒さが思われる。野菜や果物を育てるのも難しいのか、滞在中食卓に並ぶのは豆やじゃがいもばかり。空から眺めたシベリアほどではなくても、日本からは想像もできないほど、ヨーロッパの自然は過酷だ。甘えを許さない。厳しい自然だからこそ、人々は闘うのではなく、寄りかかるのでもなく、より良く共に生きることを選択するのだろう。そして自然という他者を知ることにより、人間という自分を知ることになる。
 この自分を知った人間は、他の人にも優しくなれる。車道の横には、自転車専用の道路がある。自転車用の信号もある。車は事故防止のために、昼でも自発的にライトを点灯している。他人を威嚇するようなクラクション音は全く聞かれない。電動車いすで外出している障害者の方も多い。犬を家族同様に連れたお年寄りの姿も見かける。道路脇のカフェではビールを片手に、人々が談笑している。人と人との心地よい関係が、空気の中にとけ込んでいる。
 私達は、研修の訪問先で、何度も儀礼以上の親切を受けた。学校、リサイクルセンター、発電所、市役所。あるいは通りすがりのドライバーから寒風の中でバスの誘導をしてもらったこともある。ある先生がドイツの先生に質問した。「このように親切なのは、宗教に関係がありますか。」と。ドイツの先生は言った。「他人に優しく親切にするのは理性ある人間として当然のことです。」と。
 ヨーロッパのイメージは石畳。自分のハイヒールの音がこつこつと響く。今、私の立つこの同じ石の上を、どれだけの人が歩いたのだろうか。それぞれの人生があって、それぞれの幸せがあって、そして今はいない人々。その人たちの生きた時代そのままの街並みが続く。中世がそのまま残った童話の世界のような所もあれば、心が痛むような生々しい戦争の爪痕も意識的に残してある。通訳が「ドイツの人は、壊れない限り新しいものは作りません。」と言った。善も悪も、美も醜も全てを含めて、歴史を大切に受け入れ、歴史と共に生きようという姿勢をそこに見る。
 ミュンヘンの街に流れるやすらぎは、この「共生」の思想だった。ドイツの人々の、自然と、他人と、時間・歴史と・・・・・。全てのものと共に生きようという「共生」の思想を、この旅の間中、私は感じ続けた。
    (平成22年2月16日 池内)



平成21年

 「和と輪」   

 我が家の庭で初めて育った「吾亦紅(われもこう)」の花を教室に飾りました。
 地味で目立たない寂しげな花ですが、その野趣にどこか心惹かれる花です。植物学上は、あの華やかなバラ科の仲間であることを知りました。紅色よりもむしろえび茶色をしていますが、「われもまた紅(こう)」から吾亦紅となったなんて、何と楽しい命名でしょう。その花姿のように、そっと生徒達を見守ってくれることでしょう。
 さて、その花のもと、11月28日に「水前寺高等学園第1回文化祭」を開催しました。どれだけ、どこまで、出来るのか心配しながらの計画でしたが、大成功の一日でした。
 11月1日に、まず文化祭テーマ「変革」が決まり、それを表す貼り絵が始まりました。絵の得意な生徒が下絵を描き、登校した生徒達が、来る日も来る日もちぎった色紙を丹念に貼り付けました。小さな仕事で、細やかさが要求される作品作りでした。「山下清」の話が出たり、器用、不器用の話で盛り上がったり、今まで話したことの無かった者同士の距離が近づきました。私も「先生、意外と、結構おおざっぱですね」見抜かれたりもしました。
 校章の貼り絵も、協力して作りました。金峰山からディスプレイ用の小枝や落栗、枯葉を持ち帰りました。県庁プロムナードの銀杏並木に、銀杏葉を拾いに行きました。ゴミ袋二袋も、持ち帰りました。花紙で、気が遠くなるくらいの数の花を折りました。案内チラシを近所の神水、水前寺界隈のマンションや家のポストに配りました。身軽な生徒が、天井に飾りを付けました。力持ちの生徒が、長机を運びました。手先の器用な生徒が、展示をしました。イラストの得意な生徒が、かわいい案内表示をたくさん作りました。受付や接客、後片付けを、生徒達が自分たちから進んでしてくれました。
 また、保護者の方の協力もありました。一階駐車場では、不用品バザーをしましたが、前もって沢山の品物を提供していただきました。当日は品物を並べている段階から、ご近所の散歩途中の方々が、「安い、安い」と沢山購入して下さいました。
 二階教室の「喫茶 学園」も大繁盛でした。ドーナツセットを食べながら、初めて出会う人同士の語らいが繰り広げられていました。
 三階の展示は、思った以上に多数の力作が集まり、見応えのあるものになりました。
 みんなの力が一つになり、不可能だと思っていた文化祭を、大成功させることが出来ました。
 そして沢山の「和と輪」が出来たうれしい一日でした。
    (平成21年12月1日 池内)




 「風の色」  

 朝夕の冷たい空気に、秋が深まってきているのを実感する頃となりました。
 「秋の野に 咲ける秋萩 秋風に なびける上に 秋の霜置けり」
 「万葉集」にある大友家持の歌です。「秋の野に咲いている萩の花に、秋風が吹いて露を置いていったよ」という秋の野趣溢れた自然、吹き渡る透明な風、朝の冷気の中の素朴な萩の花、露を詠んだものです。「秋野」、「秋萩」、「秋風」、「秋露」と欲張って重ねたのは、中国の漢詩に倣ったものだと言われています。そしてそのお陰で、歌を読んだ私たちを、秋の野に佇んでいるような気にさえします。
 さて「秋の透明な風」と言いましたが、日本人は、季節季節に吹く風を素敵な色で表現しています。青葉を揺らす爽やかな5月の風は「緑風」、同じ頃でも、ゴーゴーと力強い風は「青嵐」、梅雨期の「黒南風」、梅雨明けの「白南風」、7月の夕立は「白雨」、秋の気配が近づく頃の「色なき風」・・・・・と来ると、風や季節がとても美しく感じられます。目に見えない風に色をつけ、命を吹き込んだ私たちの祖先に拍手を送りたいと思います。
 これらの語句は、全て俳句の季語となっています。俳句は、自然界の時の流れと自分の心の動きとが触れあった一瞬間を切り取ったものです。自然の移り変わりに感動する心、ふとした変化を発見する心、自分の内面を見つめる心があって、俳句が出来上がります。
 今、学園では生徒達が俳句創作に挑戦しています。指を折り折り、「秋の風○○○アッ字余りだ」、「○○○・・・・・ススキ揺れ、秋・・・アッ季重ねだ」等と四苦八苦しながら頑張っています。各種大会に応募しますが、例年いい結果を出していますので、今回も楽しみにしているところです。
   
    人生のはるけさ思ふ秋の午後
    茄子引きの男真顔で茄子を引く
    秋真昼こころふわりと溶けていく
                 (洋子詠)
    (平成21年10月1日 池内)




 「往く夏」 

 朝夕の涼しい風に、急速な秋の訪れを感じる頃となった。大雨にたたられたり、じりじりとした強い日差しに悩まされたりの今年の夏だったが、確実に夏は終わりを告げている。
 夏生まれの私は、どんなに暑くても、夏の日々が大好きだ。入道雲に元気を貰い、夕立や雷のパワーに、行動の後押しをされる。夏の気配は、まだ幼くて、今は亡き父や母の愛情に寄りかかっていた淡い優しい日々に、私の心を返す。
 だから、夏が往く今の頃は、何だか切ない気持ちになる。小学生の頃は、太陽の光が弱まり、カナカナ蝉が鳴き出すと、何かが終わったことを感じ、訳もなく寂しくなったものだ。決して夏休みが終わることだけではなかったと思う。その、季節に置き去りにされる危うい自分の心に言い聞かせる。「また、来年の夏があるさ。」と。
 時の流れをしみじみ感じながら、人生にもこの「季節」があることを思う。夏休みが終わり、黒く日焼けし一回り大きくなって、始業式に学園に帰ってくる生徒達は、きっと「夏の始まり」にいるのだろう。新緑の枝が日毎にぐんぐん茂る、あるいは色とりどりの花が咲き乱れるあの季節に。
 高校3年間の生徒一人ひとりの成長は、計り知れないものがある。その素晴らしい瞬間、瞬間に立ち会える、あるいはほんの少しでもその成長に手を貸すことが出来るかもしれない教師という仕事をしている私たちの幸せを思う。
 明日からは生徒達に元気を貰いながら充実した2学期になるよう、頑張りた
いと思う。
 (平成21年8月26日 副学園長 池内)